第32章 北の地にて ※
唇が離れ、
“嬉しい”
絞り出すように紡がれたその刹那 吹き起こった花風にふわりと舞う幾千の花びら。
ひらひらと散り落ちる薄桃のそれは、目尻に涙を溜める少女を優しく抱擁しているかのようだった。
「ありがとうございますっ…リヴァイさん」
溜まった涙を指先で拭い微笑むエマにどんな言葉を返そうとしても照れくさく、リヴァイは返事の代わりに額へ唇を寄せた。
一一一一一一一一一一一一
「エマに、ですか?」
黙って頷くリヴァイに益々目を見開くのは彼の部下であるペトラだ。
普段呼び出される時は大概他の班員も一緒。だから今日みたいに自分だけ呼ばれるのは滅多にないことである。
何か良くないことでも言われるんじゃないか…
緊張した面持ちのペトラだったが、執務室に入るなり紅茶を出し真面目な顔で話し出す上官に彼女は拍子抜けと言わんばかりに眉を上げた。
「贈り物…ですか」
「その指輪は恋人に貰ったのか?」
「えっ?!あ、はい…そうです。」
右手の薬指についてリヴァイが触れると驚き少し気まずそうな顔をするペトラ。
恋人がいること、気づかれてたんだ…
「別に後ろめたい事じゃねぇだろ。俺だって同じだ。」
“同じだ”と言ったリヴァイにペトラはまた目を丸くした。
それもそのはず。
リヴァイと二人きりでプライベートな話をするなど初めてだし、ましてやあのリヴァイが自ら部下である自分に恋人への贈り物の相談をしてくるなど全く予想すらしていなかったのだから。
モテるリヴァイだが色恋沙汰に関しては完全にベールに包まれていた。それが今、愛する人への贈り物に頭を悩ませている。
ペトラは驚きつつも敬愛して止まない上官の力になりたいと真剣に耳を傾けるのだった。
「…これは、離れていてもすぐ自分のことを思い出せるようにと彼から貰いました。」
ペトラには調査兵になる前から付き合っている恋人がいる。
兵団の人間ではないからなかなか会えないが、寂しい時はこの指輪が彼の存在を身近に感じさせてくれていた。
「思い出せるように…か。」
カップを啜るリヴァイは真剣に考えているようだった。