第32章 北の地にて ※
イーグルを繋いだ場所は深い森の中。
そこは静まり返っていて二人の足音しかしない。
乗馬中はあまり気にならなかったが、兵舎と比べるとここは肌寒い。
太陽光が木々に遮られているのも恐らく理由のひとつだが、なんというか空気全体がひんやりしていて兵舎よりも寒い地なのだということが伺えた。言われた通り厚手の上着を羽織ってきて正解だった。
狭い獣道は人一人分しか幅がないためリヴァイはエマの前を歩く。
手を引かれているがぐいぐい引っ張られるわけではなく自分の歩幅に合わせてくれているのが分かった。
時折 気にしてチラッと振り返るリヴァイは普段通り感情の読めない顔をしているが、握られた手はいつもより熱い気がした。
エマはもうずっとドキドキしている。
大好きな人と日常を離れて二人きりで過ごせることが嬉しいのと、この先に何があるんだろうというワクワク感も加わり胸は弾みっぱなしだ。
リヴァイも同じような気持ちでいてくれているのだろうか。
もしそうならもっと嬉しい。
繋いだ手を見つめながら暫く歩いていると、ピタリとリヴァイの足が止まった。
それから手が解かれ、その手はエマの背中に添えられトン、と前に体を出される。
「着いたぞ」
「…!!」
急にひらけた視界に飛び込んできた光景に、エマは目を疑った。
遥か彼方まで広がる湖と、その向こうにそびえ立つ白銀の山々。
そして湖のほとりに沿って立ち並ぶのは薄桃色に色付いた木々たち。
「桜が………咲いてる」
それも数え切れないほどに。
大きく開いた花びらは、陽の光をいっぱいに受け優しい色を放つ。
湖の青に山の白、芽吹いたばかりの若葉色に優しい桃色。それはまるで絵画のように美しかった。
圧倒されるほどの絶景にエマは呼吸さえも忘れてただただ吸い込まれる。
「サクラって言うのか、この木は」
壮大な景色に目を奪われていると声がする。
鼻筋の通った横顔は前を向いていたのでエマも視線を正面へ戻して答えた。
「はい。この世界にもあったなんて…びっくりです」
「お前の世界にもあるのか。」
こっちを向いた気配がしたのでまた隣を見ると今度は視線が絡む。
エマは笑って頷いた。
「私も大好きな花です。」