第32章 北の地にて ※
艶やかな黒毛のリヴァイの愛馬、イーグルの背に乗り駆ける。
大小の街に草原や林を抜けて川を渡り、変わりゆく景色や空気を五感で感じながら、エマはリヴァイの背中にぴったりくっついていた。
硬い筋肉に覆われた背中は広くて温かい。
衣服越しでも不思議とそれは伝わってきて、エマを心地良い安心感で包み込んでくれた。
馬で少し遠くまで行くとは聞いていたが行先までは聞いていない。
気にはなったが、聞いたところでここの土地勘は皆無なためよく分からないし、リヴァイも自分から言おうとしなかったから何となくお楽しみにしておいた方がいいのかと思い聞かなかったのだ。
だからエマはすごくワクワクしていた。
一体どんなところに連れて行ってくれるのかと想像と期待は膨らむばかりだ。
「そろそろだ」
前方からの声と共に減速する足並み。
エマは重力のままに閉じていた瞼を開け、背中に預けていた頭を持ち上げた。
リヴァイは先にイーグルから飛び降り適当な木に手綱を繋ぐと、手を差し伸べエマの下乗をエスコートしてくれた。
とてもスマートで紳士な所作。
恋人だから当たり前なのかもしれないが、リヴァイの男らしい部分を垣間見てエマの胸は忙しなくときめいてしまう。
「ありがとうございます…うわっ!」
エマは少し照れながら出された手を掴んだが、降りる際 鐙から足を踏み外してしまった。
しかし転げ落ちた体は逞しい腕にしっかり抱きとめられた。
「危ねぇな…」
「すっすみません!」
慌てて離れるが、繋いだままの手を引かれ心配そうな顔が覗きこむ。
「こまめに休憩挟んだがキツかったか…少し歩くがいけるか?」
「っ全然!へーきです!」
今のはアレだ。リヴァイさんに見とれてぼーっとしてしまっていたからであって決して疲れたとかそういう訳じゃない。そんなこと本人にはもちろん言えないけど…
エマは心配無用と言うようにニカッと笑ってみせた。
「お尻は痛いけど全然歩けるから大丈夫です!」
「ならいいが。少し道も悪い、無理そうならすぐ言え。」
「はい!」
繋いだ右手をぎゅっと握れば、それより強い力で握り返される。
その力強さと温かさに、エマは人知れず顔を綻ばせながら背中を追った。