第32章 北の地にて ※
軽快な足取りでたどり着いたのは幹部棟の3階。
目的の部屋を訪ねる前に、窓に僅かに反射する姿を見て身なりをチェックする。さっき自室に戻って一通りの準備は済ませた。
今朝まで一緒に寝てたのに 顔合わせるのドキドキしちゃうな…
ノックして返事が聞こえ、控えめにドアを開けてひょいと顔を出す。
「お待たせしました!」
「一旦入ってこい」
「はぁい…」
エマはそそくさと中へ入るなりすぐ後ろを向き、無駄に丁寧に扉を閉めた。
服装も髪型も今日のために着飾ったわけだが、いざ本人を目の前にすると小っ恥ずかしくてなかなか面と向かうことができない。
それでも緊張しながら何とか前を向くと、リヴァイは無言でコツコツ靴を鳴らしこちらへ来た。すっと伸びた手が頭上に乗る。
「器用なもんだな。自分でやったのか?」
「はい…」
長時間馬で移動すると聞いていたため邪魔にならないよう髪は今日もひとつにまとめたのだが、いつもと少し雰囲気を変えたくてざっくり編み込んである。
いつも横に流していた前髪も今日はセンター分けにしてみた。
なんてったって特別な日なのだ。
少しでも可愛くしたいというのが乙女心である。
でもリヴァイは真顔で見つめたまま何も言わないから、少し不安になってしまった。
「あ…へ、変ですかね?」
エマの問いに我に返ったように少し目を開くと、“いや…”と呟きながら頭上の手が動く。
長い指が髪を撫で頬を伝い首筋へ下りる間に、額に触れる柔らかな感触。
反射的に瞑った目を開ければ、呆れたような顔が目前にあった。
「お前は馬鹿か。変なわけねぇだろ。」
「馬鹿って…!真顔で黙ってるから失敗したかと思ったじゃないですかぁ。」
「逆だ。想像以上でびっくりしただけだ。好きな女がめかしてたら良いと思うに決まってるだろ。」
「!」
相変わらずのストレートな物言いにエマの心臓は跳ね上がる。
それに今 サラッと“好きな女”って言った…
「フフ…フフフ…」
「なんだ、気持ちの悪ぃ笑い方して。」
「へへ、嬉しいなぁって!本当に楽しみです!」
これからどんな出来事が待っているのだろうか。お互いにとって忘れられない、素敵な日にしたい。
そう思うとエマはニヤけ出す頬をもう止めることはできなかった。