第30章 裏切り
パタン、とドアが閉まったのと同時に鼻腔を抜けたよく知る香り。
キツく抱きしめられるほど香りは益々強くなり、それに比例して大きくなる安心感に涙腺は簡単に緩んでしまいそうになる。
だけど、泣く前にちゃんと言わなればいけない。
「ごめんなさい…わたしが、リヴァイさんの言うことちゃんと、聞かなかったから…」
昨夜アデルに腕を引かれた時妙な雰囲気を感じたのは確かだ。
けれど何の確証もないまま疑うなんて嫌で、純粋に慕ってくれていた彼がそんなことするわけないと思い込んで決めつけた。
だから結局、アデルの真の思惑を見抜いたリヴァイの忠告には耳を傾けられずに反論してしまった。
そしてそれがこんな結果を招いたのだ。
「……」
リヴァイは黙っている。
怒って当然だ…
後悔したって今更遅いけれど、今のエマにはただ謝ることしか出来なくて。
「ごめんなさい…私の考えが浅はかで」
「俺もお前の気持ちを少しも汲むことなく考えを押しつけすぎた。」
でも二度目の謝罪を遮るようにして出たのは、怒りでもなく呆れでもなく、詫びるような言葉。
「違います!私がリヴァイさんの注意を素直に受け止めていればこんなことにはなりませんでした!」
エマは語気を強めた。
もし警戒していれば最初から無防備にアデルと二人きりになどならなかった。
油断していた自身への憤りと、リヴァイへの申し訳ない思いが束となって押し寄せる。
「ごめんなさい……」
唇を噛み締めて、泣きそうになるのを堪える。
すると突然息苦しさから解放され、心苦しそうなリヴァイの顔が視界に入った。
「もういい、謝るな…お前の気持ちは分からなくなかった。何もあアイツのことを最初から疑ってかかれと言いたかった訳じゃない。」
骨ばった親指がぽってりと膨らんだ涙袋撫で、溜まった雫が目尻から零れた。
「もう少し言い方に気をつけるべきだった、俺も。すまなかった。」
昨夜、ムキになり言い合ったことを後悔していたのは、リヴァイも同じだったのだ。
でも違う。悪いのは私だ…
エマは“違う”と言いたかったが、重なった唇に言葉を紡ぐことは叶わなかった。