第30章 裏切り
「………」
頬に涙の跡を作り沈痛な面持ちのエマに、リヴァイは漸く我に返る。
エルヴィンの言うとおり、エマにこんな顔をさせてしまったのは他でもない自分だ…
アデルへの激しい怒りで周りが見えなくなっていた。
「…エルヴィン、この新兵は今日限りで退団命令だ。コイツのやった事は俺がこの目で見たし、コイツも自分で証言した。」
「…後で詳しく話を聞こうか。」
「詳しく話す必要なんてねぇ。」
「リヴァイ…お前の気持ちも分かるがそうもいかない。入団したばかりの新兵とは言え慢性的な人員不足の我々にとっては貴重な戦力だ。いくらなんでもお前の一存で今すぐに決断を下すことはできない。
最終的な決定権は調査兵団団長の私にある。全ては事実関係を確認してからだ。」
碧い瞳をギロリと睨むがその眼は揺るがない。
「チッ、この堅物野郎が…」
互いの視線が暫くぶつかり合ったのち、リヴァイは不満を全開にしながらも渋々了承する。
ちょうどその時、部屋の外からドタバタと廊下を駆ける音が聞こえてきた。
「ちょっとエルヴィンこれは一体どういう…!!
リヴァイ!エマまで!」
騒がしい足音がしたと思ったら、破られた入口から顔を覗かせたのはハンジと、その後ろにモブリット。
「あちゃー…これは酷いね、失神しちゃって…吐血に歯も折れちゃってるし…」
漂う重い空気をもろともせず入ってきたハンジはぐるりと周りを見渡した後、完全に意識を失ったアデルを見て気まずそうに顔を歪ませた。後に続いたモブリットも同様だ。
「エマ…怪我はないかい…?」
「はい…大丈夫です」
「そうか…」
何も話さなくとも、二人ともここで何があったかは大方予想がついたようだ。
それ故、当事者であるエマの前では深く追求するような真似はしない。
この二人…特にハンジは一見、こういう場面でも無鉄砲に突っ込んでかき乱しそうだが実は思慮深い行動がとれる奴だ。(巨人のことになると話は別だが)
リヴァイはハンジのそういう性格をちゃんと分かっているから、この場にズカズカと入り込んできても特に何も言わない。
「俺はこいつを連れて行く。」
立ちすくむエマの手を引き、リヴァイは書庫を出た。