第30章 裏切り
「アデルやめっ!んんーっ!」
「うるさいですよ。誰かに見られても良いんですか?」
大きな手が口を塞ぎ鋭い眼光が向くと、喉の奥で声にならない悲鳴が出た。
アデルは大人しくなったエマに薄ら口角を上げ、扉の鍵を手早く閉めた。
アデルが退いた一瞬の隙に逃げようとしたがあと一歩のところで叶わず、大きな体がまた覆い被さる。
「逃げないで…可愛い後輩のお願いなんです、優しい先輩なら聞いてくれますよね?」
「……いや…」
この爽やかな笑顔が好きだったのに、今は恐ろしさしかない。
シャツのボタンが外され、露わになった地肌が空気に触れて気持ち悪い。
「ハハ、独占欲が強い人だ…ここにも、ここにもある…」
胸元、鎖骨と場所を変えなぞる指。
男の台詞と指先が触れた部分で、リヴァイに付けられた所有印のことを言われているのだと理解する。
「妬けちゃうなぁ本当、こんなの見せられたら。」
「!!」
その指が移動しベルトにかかった瞬間、エマは渾身の力で手足をばたつかせた。
ガタンッ!バサバサッ!
暴れた手が机上の本に当たり何冊かが派手な音を立てて落ちる。
拘束は益々強くなった。
「無駄な抵抗はよした方がいいですよ。どうせ力じゃ敵わないんだし。」
両手は一纏めにされ下半身には巨体がのしかかり、もうどうすることもできない。
容易くベルトを外されズボンの腰部分に手がかかった。
「お願い…やめて……」
絞り出すような声で懇願するが、アデルには届かない。
助けて…誰か…
リヴァイさん……
*
書庫は執務室からほど近い。
エマの顔を見たらまず何から言うべきか考えてるうちにすぐ着いてしまった。
鍵は空いているはずだと踏んでノブを回すが、何故か回らない。
ここにはいないのか…?
本を返しに行くなら5分もあれば終わるだろう。
エマが出ていってからもう20分は過ぎていた。
やはり執務室へは戻りずらくてどこかへ行ってしまったのだろうか…
とりあえずここにはいないことが分かって、歩を進めながらエマの行き先を思案していたその時。
一ガタンッ!!バサバサッ!!
「!!」
それは微かな物音だったが、確実にリヴァイの耳に届いた。