第30章 裏切り
さっきから目は同じ文章ばかり辿っている。
なのにその内容はひとつも頭に入ってこない。
俺は後悔していた。
新兵の相手をしていて食堂を出ていったエマをすぐに追えなかったことと、エマにキツく言ってしまったこと。
昨日、うずくまる男とエマの姿を見つけた時、嫌な予感がした。
“アデル……?”
近づくとエマが呟いたのがはっきり聞こえて、よく見ると男に腕を掴まれてやがった。
男の目を見ればエマを狙っていることは一目瞭然。
予感は大当たりだったってわけだ。
ヤツは俺の前では否定したが、俺が現れなければエマをあのまま抱き寄せてたに違いない。
そしてそれだけで済まなかったかもしれない。
間一髪で引き剥がせたから良かったものの…警戒心も持たず体調のせいかもと呑気なことを抜かすエマに俺はつい苛立っちまったんだ。
エマの気持ちは分からなくもない。
初めて自分を慕ってくれる後輩ができれば嬉しいだろう。
別にその気持ちを否定するつもりはない。
だがあいつは真っ直ぐで純粋すぎる。
人を疑うことを知らなさすぎる。
アデルは後輩の前に1人の男だ。
それに泉のように湧き出る性欲を持て余す10代の健全男子。
ハナから疑ってかかれと言いたいんじゃない。
少しはそういうことも頭に入れておいて欲しかっただけだ。
昨日のことをきちんと話そうと呼び止めたが、結局エマは振り向かず書庫へ行くと出ていった。
些細な言い合いからここまで気まずくなるなんて思いもしなかった。
焦りと不安感が襲い、その事ばかりが頭を支配して他のことに全然集中できない。
とにかくこのギクシャクしてしまった空気をどうにかしたい。
だが今、後を追ってもまた逃げられるかもしれない。
戻ってきたらもう一度話をするか…
一人考えあぐねいているとノックの音がした。
「リヴァイ、いる?」
訪ねてきたのはハンジだった。