第30章 裏切り
「昨日エマさんが介抱してくれようとした時腕引っ張ったの…俺、あのままエマさんを抱きしめたくなっちゃって。」
「………」
「酔ってたからでしょ?とか思ってます?…全然。今でもそうしたいって思ってる。
…奪ってでもいい、エマさんが欲しい……それくらい、好きになっちゃったんです…」
どこまでも真っ直ぐに気持ちをぶつけてくるアデル。
だがそう言われれば言われるほど、エマは益々どんな言葉を返したらいいのか分からなくなって黙り込んでしまう。
「エマさん」
名前を呼ばれ顔を上げると、切なく揺れる瞳がエマを捉えていた。
「…っ?!」
次の瞬間唇に触れた感触に、エマの目は大きく見開いた。
両頬を大きな手のひらに掴まれて逃げられない。
「…っふ!んんっ!ん!」
ガタン、と机が揺れた。
ゆっくり体重をかけてくるアデルに押し倒されないよう両腕で必死に支えるが、エマより一回りも二回りも大きな体には敵うはずなかった。
なんで…どうして…
「っはぁ…アデル…離し」
「ねぇエマさん。昨日俺に、調査兵団に入っただけで勇敢だって言ってくれたでしょ?」
キスは止んだが身体は机に押さえつけられたままで、身じろぎひとつもできない。
「俺、全然勇敢じゃない…元々憲兵団志望だったんだよ。でも訓練兵団卒業時の成績が10位以内じゃないと無理で、俺は11位だった。だから調査兵団に入った。」
「アデル…」
「憲兵団に入って内地で暮らすのが夢だった。だけどその夢はもう叶わなくなった…どうでもよくなったんだ、俺の人生。
だから調査兵団で、役立たずでも人類のために―とか聞こえの良い使命背負って死ねれば、まだ良いかなって。」
自嘲気味に笑った少年の顔はどこか悲しげだった。
だがそんな表情は一瞬で不敵な笑みへと変化する。
「ここに身を置いた以上いつ死んでもいいよう悔いの無いようにしたいじゃないですか……だからエマさん、協力してくださいよ…」
ゾクリと身が戦慄く。
一危険だ、と本能が叫んだ。
「アデル!やめっ一」