第29章 足音
エマはなるべく平然を装いつつ尋ねた。
「ここから動けそうにない…?」
「エマさん……俺…」
自分を見つめる大きな瞳が切なく揺らいだと思ったら、ついに勢いよく腕を引っ張られてしまった。
「―?!」
しかし身体はアデルの方へ引き寄せられることなく、途中でガクンと止まる。
何故かというと、アデルが掴んでいる腕と反対の腕が同じくらいの力で引っ張られていたのだ。
「こんなところで何してやがる。」
「リヴァイさん…」
「兵長……」
逆の腕を掴んだのはリヴァイだった。
「ひゃっ!」
「おいガキ。今こいつに何しようとした?」
リヴァイはそのままエマをグイっと自分の方へ引き寄せると、低い声で問う。
アデルは何が何だか訳が分からず口をパクパクさせていたが、凍てつくような瞳と目が合うと酔いとは別の意味でサーッと顔が青ざめていった。
「あ、あの兵長!私、気分が悪くてここに座り込んでるアデルを見つけて、それで介抱しようと思って…」
「お前には聞いてない。俺が用があるのはそこのクソガキだ。」
何とかリヴァイを落ち着かせようと口を挟んだが、アデルを見下ろしたままの後ろ姿にピシャリと制されてしまうとエマは何も言えなくなってしまった。
「おい。さっさと答えろ、グズが。」
「いや…俺は何も……」
冷淡な目で見下ろされ震え上がるアデルは蚊の鳴くような声だったが、何もしようとはしていないと否定する。
「俺にはコイツを引き込もうとしているように見えたがな…見間違えだったか?」
「……見間違いです…」
リヴァイが再び問うがアデルは尚も否定する。
暫く無言のまま二人の視線がかち合っていたが、そのうちにリヴァイは一言“そうか”とだけ言いい、もう問い詰めることはせず目線を外した。
「おいガキ。もう酔いは冷めただろ。てめぇらの為の会なんだ、さっさと場に戻れ。」
「はい…」
リヴァイに促され青い顔のままアデルは一礼すると、逃げるようにその場を後にした。
「…すみませ?!っあ!ちょっ!」
その場に二人きりとなりエマはひとまず謝ろうとしたが、言葉を遮るように腕を強く引っ張られ、どこかへ連れて行かれてしまうのだった。