第29章 足音
「いいのか?あれを放っておいて。」
グラスを揺らしながら隣のエルヴィンが言う。
知ってる。さっきから俺も絶賛監視中だ。
席は遠いし後ろ向いてて何喋ってんのかは分からねぇが、兵士に囲まれているエマはブンブンと首を振ったりして何やら必死だ。
無理やり酒を飲まされはしてねぇようだが、大方、俺とのことを聞き出されてると言ったところだろう。
俺たちの関係にはたぶん周りは感づいてる。
だが普段のエマは兵士達とはあまり接する機会がないから、本人から話を聞くのは難しい。
俺に至ってはそんなことは口が裂けても聞けねぇと思われてんだろうな。まぁ別にそれで構わねぇが。
だからこの機会にエマに近づいて話を聞こうって魂胆だ。
別に俺たちのことを話すのは何ら構わねぇが、エマが困ったり不愉快な気分になるのはいただけない。
暫く様子を見ていたが、今のエマはきっとそれに似た気分だというのが分かった。
「…よくねぇな。」
そう零して席を立とうとしたが、同時に後ろから名前を呼ばれた。
振り向くと新兵の女2人組が頬をピンクに染めモジモジしながら立っている。
チッ…こんな時に。
俺は腹の中で舌打ちしながら、囲み取材の中からエマがそそくさと退散するのを目で追っていた。
**
「すみません!ちょっとトイレに…!」
「待て待て!逃げるのはよくないぞ!」
勢いよく立ちあがり実行したのはその名もトイレ作戦。
最高にベタすぎる。ベタすぎるが一杯一杯なエマにはもうこんなことしか思いつかなかった。
だが立ちあがった腕をすぐさま隣の男兵に掴まれてしまう。
う…やっぱりこんな作戦バレバレか…
と諦めかけた矢先、思わぬ助け船が。
「エマさっきからトイレ行きたいって言ってたもんね!行ってきなよ!皆もここで一旦質問終わりー!新しいお酒来たよー?これすごく珍しい銘柄のワインじゃない!飲む人ー?!」
ペトラが両手に持った酒瓶をテーブルに置きながら“行け行け!”と目配せしてくれている。
助かった…!ペトラありがとう!!
エマは頷きペトラに目でお礼を伝えながら、銘酒に群がる兵士達に気付かれないようにそっと輪から出て食堂を後にしたのだった。