第29章 足音
「わぁっ!…兵長!」
よろめいた腕を引かれ倒れ込んだ先は分厚い胸。
ふわっと体を支えられて見上げれば、忌々しい顔でハンジを睨む恋人の姿が。
「そんな怖い顔しないでよーちょっとしたスキンシップじゃん!」
ハンジはおちゃらけているが、リヴァイは鋭い視線をそのままに口を開いた。
「てめぇ、最後に風呂に入ったのはいつだ?」
「え?いつだったかなぁ…」
「……6日前です…」
すぐに思い出せないハンジの代わりに気まずそうにモブリットが答えると、リヴァイはまるで汚物を見るかのような顔でハンジを見た。
「てめぇ…ドブみてぇな臭いさせながらエマに触るんじゃねぇ。頬ずりまでしやがって…移るだろうが!」
「ドッドブってさすがに酷くない?!これでも一応顔は今朝洗ったんだよ?!」
だから頬ずりくらいは許してくれよ、とでも言いたげだ。
しかしリヴァイは無視してエマを自分の隣に座らせてしまった。
「へ、兵長!その言い方はいくらなんでも酷すぎますよ!」
「あ?お前まで鼻が狂っちまったか?一週間近くも風呂に入らねぇなんて正気の沙汰じゃねぇ…」
エマが宥めようとしてもリヴァイの不機嫌は止まらない。
まぁ正直…本当に正直に言えば、今日のハンジはいつもより刺激的な臭いがするなと思っていたが、もっと言い方というものがあるだろう…
「じ、じゃあハンジさん!今夜一緒にお風呂入りませんか?」
「んー…さすがにここまで言われちゃあねぇ。エマが一緒なら入ろうかな…」
「やった!ほら、ハンジさんも今日は入るって言ってるし兵長も機嫌直してください!ね?」
「はぁ……わかった」
必死に宥め続けるエマに、リヴァイはついに頷いた。
でも臭い汚いと言いながらも大人しく同じテーブルに座ったリヴァイを見て、やはりリヴァイは心の底ではハンジのことを嫌ってはいないのが十分伝わる。
エマは頬を緩ませ、心の中でほっとため息をついた。
「フン…本当に分かりやすいな、お前は」
「あ?何のことだ」
「いいや、別に」
リヴァイの向かいに座るミケが鼻を鳴らす。
彼の機嫌もエマの手にかかればすぐに直ってしまうのが凄いところだ。
やはり彼女はリヴァイの精神安定剤なのだな、と確信するミケなのであった。