第29章 足音
「フフフ、やっと笑った。」
「え?」
「ずーっと肩に力入りっぱなしだったでしょ?少しは解れたかなって。」
「あ…おかげさまで…」
「よかったぁ!」
アデルの頬がまた熱くなる。
眩しいほどの笑顔を向けるエマに彼はまたもや心臓を鷲づかみにされてしまったのだ。
結い上げられた黒髪は艶めいていて、襟の隙間から覗くうなじはほのかに色香を漂わせていて…こんなに可愛らしく笑うのに美しくもあってとても魅力的だった。
先輩だしもちろん敬語を使っているが、実際の年齢はいくつなのだろう?
同期の女子よりも落ち着いているところは年上に見えるけれど、あどけなさが残るこの笑顔を見ると同い歳くらいにも見える。
「慣れないことが続いて疲れるだろうけど、今夜は歓迎会もあるし楽しもうね!」
「はい!先輩方と交流できるの俺も楽しみです!」
「うんうん!私も歓迎会は初めてだからちょっとワクワクしてる。夜が待ち遠しいね。」
可愛くて気さくで優しいエマ。
出会ってからまだ一時間にも満たない。
けれど、思春期の少年の淡い恋心に火がつくのには十分だった。
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廊下の窓から差し込む陽射しが少し黄みを帯び始め、夕刻へ向かい始めていた。
書きかけの書類仕上げて、それが終わったらリヴァイさんも戻ってくる頃だろうし紅茶淹れて…
頭の中で今日の残りの段取りを考えながらドアを開け中へ入ると、小柄な男の後ろ姿が。
「リヴァイさん!もう戻ってたんですね!」
予想外の光景に嬉しくなって顔が綻んだ。
ジャケットの皺を丁寧に伸ばす背中に抱きついてしまいたくなったのを堪えて、エマは声をかけた。
「今日は思いの外早く終わったからな。」
「そうなんですね。お疲れ様でした!
あ、紅茶飲みますか?」
「あぁ頼む。」
リヴァイが頷くとエマはすぐに簡易キッチンへ向かう。
その足取りは軽やかで胸が踊るようだった。
いつもより少し早く戻ってきてくれただけでこんなに嬉しくなっちゃうなんて可笑しいかな。
令嬢の一件があった日以来、なんだか益々好きな気持ちが増していく気がする。