第29章 足音
エルヴィンは調査兵団の統率者であり、絶対的な指揮者だ。
そして調査兵団の兵士は皆、彼について行く覚悟でここに身を置いている。
もし自分も兵士だったら…アデルのように考えていたかもしれない。
エルヴィンとはたぶんあんな風には打ち解けられなかったと思う。
自分の前ではいつも気さくで優しかったからそういう意識が薄かったのかもしれない。
アデルの一言で、エルヴィンの優れた統率力と圧倒的な存在感をエマは改めて思い知ったのだった。
「エマさんはリヴァイ兵長の秘書なんですよね?」
「あ、うん。けどたまに団長を手伝うこともあるよ。」
「そうなんですか!すごいです、調査兵団の2トップのすぐ傍で仕事できるなんて!」
「そんな私なんて…誰でもできることだよ。人類のために命を賭けて戦うアデル達の方が全然すごい。」
「そんな事もないですよ」
エマへ羨望の眼差しを送っていたアデルの顔が僅かに曇る。
けれど本棚を向いて作業していたエマには見えていなかった。
「私にはそんな能力も勇気もないから皆のことはすごく尊敬する。」
「いや…俺はまだ壁外に出たこともないし結果出せるかも分からないし、ただ調査兵団に入っただけで勇敢でもなんでも…」
「ううん!そんなことない!調査兵団に入ったことがすでに凄いことなんだよ!」
エマは本当にそう思っていた。
前回の壁外調査の日、エマの前に現れた少年、ダニエルの記憶が蘇る。
きっと、皆何かしらの志を持ってここにいるのだ。
もちろん壁外調査で結果を残すのは重要なことだと思う。
けれど、エマからしたら志を持って調査兵団に入ったことそのものが、勇敢な心を持つ証だと思えた。
「フフ、ありがとうございます…エマさんってなんか面白い人ですね。」
「え?今の話に面白い要素あった?!」
エマは至って真面目に話していたつもりだったのだが、アデルは楽しそうにクスクスと笑っている。
どこが面白かったのかよく分からなかったが、ずっと緊張顔だったアデルがこの時初めて笑顔を見せたことにエマはホッと胸をなで下ろしたのだった。