第29章 足音
エマが大切だ。
本気で幸せにしてやりたいとも思った。
だが、何よりも大切だ…というわけには行かなかった。
自分は夢のためなら、時には全てを捨て去る覚悟もしなければならない。
結局のところ、私はリヴァイのようにはなれなかったのだ。
そんな人間が愛する者を自らの手で守ることは、やはりできない。
だからいくら欲しいと思っても手に入れようとしてはいけない。
万が一エマが自分の所へ来てくれたとしても、きっとたくさん傷つけ不幸にしてしまっただろう…
だから彼女の幸せを静かに見守る。
それが唯一にして最大の自分にできる愛し方だと、私は漸く気がついたのだ一
「別に貴族の相手をしなくたって他にも方法はある。そこまでエマが考える必要はない。これは私の判断だ。従ってくれるね?」
「…わかりました。」
自分の中に落とし込む事ができたのか、漸く納得した様子で頷いたエマ。エルヴィンはほっとした。
そしてエマも、
「団長、すみません…ありがとうございました。」
「決して君のせいじゃない。だからもうそんなにしょんぼりしないでくれ。」
優しい言葉に包まれるとやはり申し訳なさが募ってしまうが、エルヴィンの言う通りいつまでもくよくよしていてはだめだと心を入れ替える。
エマは一度大きく瞬きをして、今度は笑顔でお礼を伝えた。
―コンコン
ちょうどその時、団長室のドアを叩く音がした。
エルヴィンが入室を促すと入ってきたのは一人の少年。見慣れない顔だった。
「失礼します!今期103期入団のアデル・モーラーと申します!お忙しいところ申し訳ありません!書庫の鍵を貸していただきたく参りました!」
開け放したドアの向こうで声を張り、左胸に力強く拳を叩きつける少年。
今期103期…つまり昨日入団したばかりの新兵だ。
「アデル、書庫に一体何の用が?」
「はっ!自分の班の班長より資料を書庫へしまう命が下されましたので、拝借しに参りました次第です!」
例え鍵ひとつ借りに行くだけでも昨日入団したばかりの新兵にとってはかなり緊張するのだろう。
アデルはそれはそれは一生懸命に話していた。