第29章 足音
あの時、必死に現実を受け入れようとするエマに自分は何もしてやれなかった。
そのまま時間だけが過ぎ、“ありがとうございました”と去ろうとしたエマの腕を掴んだのは、無意識だ。
**
調査兵団へ入団すると決めた時に、特定の女は作らず結婚もしないと決めた。
自分は一人の人間としての夢を叶えるために、調査兵団に身を置き団長として周りを鼓舞し続けている。
全ては己の夢を実現させるためだ。
けれどそんな中エマに出会って、彼女の前だと一人の男としていられた。こんなことはとても久しぶりだった。
夢を叶えるためだけに突っ走ってきた十数年間を経て人生で二度目、心から欲しいと思った女性がエマだ。
最初こそ彼女への恋情を切り捨てようとしたが上手くいかず、それどころか会う度にどんどん魅了されるばかりで、いつしか想いを捨てようとすることもしなくなった。
エマが他の男の所へ行ったときはもちろん傷ついた。
だが、それでも彼女が幸せならその幸せを願ってやりたいと思った。
自分は彼女の笑顔が見れればそれでいいと、あの時思ったしそう伝えたはずだ―
**
苦しむエマをどうにか助けてやりたくて腕を掴んだのには違いないが、隠された本音は違う。
一時でもいいから頼って欲しかったのだ。
甘えでもいい。逃げでも何でもいいから、ほんの一瞬でも自分に来てはくれないかと、そんなことを考えた。
彼女の幸せを願うと言いながら、傷つく原因を自分が作っておきながら、何と都合がいいのだろうかと今になって気が付く。
自分のせいで傷ついたエマを目の前にして焦ってたのかもしれない。
本当に馬鹿で愚かだった。
「あの日の翌日リヴァイから申し出があってな。それがなくてもやめさせようと思っていたんだが。」
「団長…私は、」
「エマは何も気負うことはないんだよ。さっきも言ったが君に辛い思いまでさせてこの任務を遂行したくない。リヴァイにも同じように説明した。」
「で、でも…」
この期に及んで今度は兵団の心配をしているのだろうか、まだ不安そうなエマ。