第29章 足音
「…団長」
「どうした?」
書類を捲る手を止めてエマを向くと小さく肩を窄めていた。
「この間はすみませんでした…その、兵長とのことで心配をおかけしてしまって。」
「エマが謝ることは何もない。私こそすまなかった。」
リヴァイがノルトハイム伯爵令嬢の屋敷に行ったあの夜のエマの泣き顔を思い出して、エルヴィンは謝罪する。
「団長こそ謝る必要なんて…心配をおかけしたことと、また団長の優しさに甘えてしまって困らせてしまったことを謝りたくて…」
「いいや、謝るべきなのは私の方だ。君に辛い思いをさせたのは、元はと言えばリヴァイにあんな任務を与えた私のせいだから。」
「でも、」
「今後リヴァイには貴族への個人接待は頼まないよ。だからもう心配しなくていい。」
「え…?」
驚きで丸くなった目を見て、エルヴィンは表情を緩めた。
ずっと、自分は目的のためならどんな手段を使うことも厭わなかった。
貴族の相手をすることも、それを部下にさせることも、運営資金を増やして壁外調査をより回数多く遂行するために必要なこととしてやってきた。
エマがここへ来て、彼女に恋情を抱いてもその意志は変わらなかった。
グラーフ伯爵がエマと会いたいと言ってきた時も、最終的に会うかどうかはエマに選んでもらったが、新たな資金確保のために彼女を利用しようとしたのは間違いじゃない。
あの時それを知ったリヴァイは自分を軽蔑するような目で見ていたが、彼の反応は普通だろう。
結局、エマが好きだ大切だと言っておきながら、自分の目的を優先することを私は止めなかったのだ。
しかしそれがどうだ。
あの夜、唇を噛み肩を震わせながら耐えるエマを見て、胸が激しく抉られた。
不安に押し潰されそうになりながらも“リヴァイのことを理解しなければ”と言うエマを抱きしめたのは、辛い彼女をどうにかしてやりたくて衝動的にしたことだ。
けれど今思えばあれは、彼女にこんな思いをさせた己の行いを後悔し、こみ上げたやり場のない気持ちをぶつけてしまったのだとも思う。
私は彼女が傷つき涙する姿を見て初めて、自分のした行いを悔いたのだ。