第28章 長い夜 ※
小さくなっていく馬車を見つめながら思い出すのは、太陽のようなエマの笑顔。
エリーゼとのことはエマには一度も話したことはない。
そもそも、資金援助を得るため貴族の元へ通っていることすら話していない。
話す必要などないと思っているからだ。
話したところでエマが傷つき悲しむのは目に見えている。
このクソみたいな理由でエマにわざわざ辛い思いはさせたくはない。
あくまでこれは自分側の問題であって、エマを巻き込みたくはない。
だから、一人で背負うべき事だと思っていた。
だが蓋を開けてみたらどうだ。
いよいよ三日後にはエリーゼの屋敷に行かなければならないというのに、今すぐにでも放棄したくてたまらない。
もちろんエリーゼはそういうことをするつもりでいるだろうし、自分だって今まで彼女の期待を萎ませるようなことはしてこなかった。
しかしここへ来て、自身の心の中で激しい葛藤が渦巻いている。
現実的に考えて、屋敷へ行くことを回避するのは不可能だろう。
これは任務なのだ。自分には行かなければならい義務がある。
頭では分かっているのに、でもエマの顔を思い出す度に胸がズキズキと痛んでどうしようもなく苦しい。
「…クソ!」
本当にクソだ。
エマへの愛が大きくなればなるほどに、自分がこれまでしてきた事、これからしようとしている事を考えると反吐が出そうなほど嫌気がさす。
彼女に嘘をついて他の女と身体を重ねることなどできるのか?
任務だとしても、これ以上エマのことを裏切りたくない。
しかしそう思ったところでどうする?何か理由付けて断るか?
いや、断ったところで先延ばしにされてまた同じように悩むだけだ。
それにさっき“楽しみにしている”というエリーゼの言葉にちゃっかり頷いてんじゃねぇか、俺は…
もしエルヴィンだったらどうする?
あいつなら割り切ってエリーゼに逢いに行けるのか?
…俺は無理だ。
あいつみたく器用な男にはなれない。
何よりもエマの事を大事にし守ると決めた以上、これ以上自分にも彼女にも嘘はつきたくない。