第27章 Restart
肩を落とす子供を慰めるように、髪を撫でて頬に手を添え目を見た。
「お前と海を見る。必ずだ。」
声に力を込めたのは、不意に心の片隅から顔を覗かせた負の感情をかき消すため。
「そうですね。絶対、一緒に見ましょうね!海!」
「あぁ。」
屈託のない笑顔に安心する。
絶対にお前と一緒に、どこまでも広がる広大な塩水を見る。
約束する。
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10月15日、深夜
「本当にいいのか?猶予はあと一日あるんだぞ?」
「いいんです。」
「…そうか。」
宿を出て、結局まっすぐ家まで帰った。
帰る時はどしゃぶりだったが、家に着く頃にはすっかり止み、低く垂れ込めていた雲も薄曇りにまで回復していた。
そして俺たちは今、あの井戸の前に立っている。
自由の双翼を身に纏って。
明日までここにいてもいいはずだったのだが、エマの方から今夜、俺の世界へ戻りたいと言い出したのだ。
何度かいいのか?と聞いたが、彼女は逆に今が良いと言った。
思い出もできたし覚悟も決まっている。だからこの勢いのまま行きたいという話だった。
それならば…と俺は彼女の意思を汲んだ。
「ここでリヴァイさんと色々なことができてすごく楽しかった。本当に大切な思い出になりました。」
「俺もここまでゆっくり羽を伸ばしたのはたぶん人生初だ。楽しかった。ありがとうな。」
「いえ、そう言って貰えて何よりです。」
顔を綻ばせるエマを俺はじっと見据える。
「エマ。今更だしくどいようだが、もうここには戻ってこれないかもしれない。それでも本当に、いいんだな?」
「はい。」
俺が最後の確認をすると、細めていた目をしっかり開いて、俺を見つめたまま大きく頷く。
本当に覚悟はできているようだ。
「ならいくぞ」
「…はい」
手を握る左手に力を込めて、井戸の淵に足を掛ける。エマもそれに続いた。
足下に広がる深い闇を見ると、隣でゴクリと喉の鳴る音が聞こえた。
腰に片腕を回しグッと引き寄せると、エマは両腕で俺にしがみついた。
「いいか?絶対に離れるんじゃねぇぞ。」
「…はいっ」
“いち、に、さん!”
その声を合図に、ついに俺たちは暗闇へ身を投げ入れた。