第25章 神隠し
エマが一緒に来てくれる。自分にとってそれは一番喜ばしいことだ。
老婆の話を聞いて俺は、もうエマとの時間はあと数日しかないのかと思い絶望した。
さすがにそんな話を聞いたらエマがここに留まると言うと思ってたからだ。
だから、一緒に帰りたいと聞いて嬉しくない訳がない。
だが、胸が詰まりそうな程己を支配している感情の正体は、喜びだけじゃない…
俺だってエマを失いたくない。
エマがいない世界なんてもはや想像すらしたくない。
片時も離したくない。
こいつの笑顔も、声も、温もりも全て、ずっと俺だけのものであって欲しい。
このまま頷けばその願いは叶うかもしれないのに、それができなかった。
あの世界で…巨人に自由を奪われ、その恐怖が日々身近にあり続けるあの世界で、果たしてエマは一生笑って過ごしていけるのか?
この平穏な日々と過去の思い出を全て投げ打ってまでして、あの場所で生きる価値はあるのか?
そんな思いが湧いてしまう。
決して自分に自信が無いわけじゃない。
エマのためなら何だってしてやる。
この命尽きるまで彼女の笑顔を守る。
その覚悟は十分に出来ている。
だがそれだけではダメなのだ。
自身の覚悟だけでその願いが実現出来るほどに、あの世界は甘くない。
あそこで生きてきた自分だからこそ、一番よく分る。
あの世界は無慈悲で残酷なことばかりだ。
そこで、調査兵である自分が、いつ死ぬかも分からない自分が、彼女を幸せにし続けることができるだろうか…
一生の幸せを約束する…なんて簡単に言い切れない。
言い切れないのが悔しくてたまらない。
さっきから胸中に渦巻くモヤモヤしたこの感情は、たぶんこんなことを思ってしまう自分への苛立ちだ。
いっその事エマの世界に来なければ、こんな平穏な世界があることを知らなければ良かったとさえ思ってしまいそうだ。
比べる対象がないままの方が、ここまで考えずに済んだかもしれない。
震える肩を掴んで目線を合わせた。
「本当にそれがお前の望む未来なのか?
俺と一緒にあの世界へ帰る、それでいいのか…?」
俺はもう一度、ゆっくりと諭すように問いかけた。