第25章 神隠し
肩を掴まれた手には力が入っている。
強い眼光の奥がほんの僅かに揺れた気がした。
「はい…」
「次にあっちに行ったら、もうここには戻って来れないかもしれない。
内地の井戸がここに繋がってるって証明もできてないし、俺らがどうやってここに来れたのかも分からないままだ。
帰りたいと思ってももう帰れないかもしれねぇ……それでも行くっていうのか?」
私は兵長を見たまま、一度だけ大きく頷いた。
昨日、澪の顔が思い出せなくなったのに気づいた時、過ぎった嫌な予感。
一兵長の世界に居続けたら、親友のことに加えて次々と色々な記憶が消えてしまうんじゃないかー
という予感。
それは見事、的中してしまった。
そしてたぶん、お婆さんの語った話は嘘じゃない。
自分の中の勘のようなものが、これはきっと真実だと言い張って止まないのだ。
話を聞いた時真っ先に浮かんだのは、“兵長を忘れたくない”という思い。
こっちの世界で関わってきた人達との繋がりや記憶を断つ覚悟が出来てるのかと言われれば……それはまだ出来ていない。
正直怖い。とても怖い。
そもそも頭の中はぐちゃぐちゃで、まだ整理なんか全然できてない、だけど。
このまま兵長のことを忘れてしまったら…
そう考えたら、“一緒に帰りましょう”と口が勝手に動いていたんだ。
衝動任せで、向こう見ずなことを言っているのは分かってる。
分かってるけど…
「私は、兵長を失くしたくない…」
「覚悟は…出来てるのか?」
「…はい。」
ひとつだけ、嘘をついてしまった。
けれど今の私にはこう言うしかない。
兵長の口振りから、兵長は私とここで別れて一人で戻るつもりなのではないかと思った。
そんなのは嫌だ。
だから、ここではっきりと意思を伝えなけばいけないのだ。
もっと一緒に過ごしたい。あと数日でさよならなんて考えられない。
離れたくない。
兵長と別れる選択なんて到底できない。無理だ。
だから今ここで、“ついて行く”と言わなければ。
「分かった。」
少し間が空いて、返事をした兵長の顔ははっきりと見えなかったけれど、言い終わってすぐに包んでくれた身体はすごくあたたかくて、やっぱりこの人を失いたくないと私は強く思った。