第25章 神隠し
強い不安色をしていた瞳はいつの間にか光を宿し、俺をまっすぐに見据えて言った。
「帰りましょう、一緒に。」
………?
一緒に、帰るって…
「俺の世界に……か?」
「はい。」
はっきりとした肯定に唖然とする。
正気なのか…?
婆さんの話をちゃんと聞いていたのか、こいつは…
「どういうつもりだ?」
「そのままの意味です。私は兵長と一緒に、兵長のいた世界で生きて」
「オイオイオイオイ待て待て。
それが何を意味してるのか本当に分かって言ってるのか?」
「分かってます。」
一点の曇もなく答えるエマ。
その様子に何故か苛立ってしまいそうになる。
「俺の世界に居続けたら、これまでの記憶を全て無くすかもしれねぇんだぞ?
現にお前は親友のことを忘れていた。これ以上ここを離れれば大切な友人どころか、両親も、自分が何者なのかさえも全部分からなくなっちまうかもしれねぇ。それがお前にとってどれだけ悲しく絶望的なことなのか分かってんのか?!」
つい声を荒げてしまった。
エマと帰りたい。
だが彼女にこんな酷な現実を味あわせてまで一緒にいたいのか?
どうしたらいいのか分からなくなって、焦りだけが募る。
「それは…正直言って想像することしかできません。きっとすごく辛くてたまらないです……だけど…」
話しながら唇が震えだした。
強い意志を見せていた表情は泣きそうな顔に変わる。
「もしこのままここにいたら…いずれ兵長のことは忘れてしまう…その方が辛くてたまらないんです……っ!」
とうとう目から雫が垂れ落ちた。
「いやです、兵長のことを忘れてしまうなんて、絶対にいや!こんなに大好きなのに、その気持ちさえも忘れてしまうなんて…そんな……そんなの……、」
ひとつ落ちた雫をのあとを追うように次から次へと零れ落ちて、あっという間にエマの頬を濡らしてしまった。
「親友も、両親もっ、大切です……でも私にとっては何よりもっ、兵長を失うことが一番、怖いっ…」
ボロボロと泣きながら、でも目を逸らさずエマははっきりと意志を伝えた。