第25章 神隠し
「ほっほっ、お嬢さんはよく知ってるようじゃの。」
「まさか、この井戸に近づくと神隠しにあってしまう…とか?」
老婆を見据えながら、みるみるうちに拍動が激しくなるのを感じる。
皺の間から僅かに覗いた灰色の眼。
エマの真剣な表情をしばらく見つめた後、老婆は口を開いた。
「わしの経験した話ではないんじゃが…聞くかい?」
「…はい」
緊張しながらも大きく頷くと、老婆はゆっくり語り出した。
「その昔、この地に住むうら若き娘と一人の青年が恋に落ちた。二人は日ごとに愛を囁き合い、一生を添い遂げたいと思うほどに恋に焦がれていた。
しかし、時は突然訪れたんじゃ。」
「…………」
「ある日、娘の前から青年が姿を消したんじゃ。跡形もなく、忽然と…
娘は死にもの狂いで青年の手がかりを探した。しかし何の手がかりもないまま、気が付けば三年という長い月日が経ってしまったんじゃ。
娘は突然失った想い人の帰りを待ち続けたが、とうとう悲しみに耐えられなくなってこの井戸に身を投じて自殺をしようとした。
じゃがその時、井戸の傍らで見つけたんじゃ…三年間待ち続けた愛しきその姿を。
無事だった、生きておった。意識もあり、なんの怪我も病気もなく元気そのものじゃった。
ただ……」
老婆の唇が止まる。
「ただ……どうしたんですか?」
固唾を飲んで答えを待つエマの顔を一瞬だけ見て、視線を落とす老婆。
リヴァイも真剣な眼差しで老婆を見つめたままだ。
「……青年はな、それまでの記憶を全て失ってしまっていたんじゃ。」
「えっ…」
「一生を添い遂げるとまで誓った恋人のことはおろか、自分が何者なのかさえも分からなくなっていたんじゃよ。」
「そんな……」
「そして代わりに、現世の記憶ではない記憶を持ち帰っておったのじゃ。しかし記憶の中身は娘と生きていた世界では到底考えられぬようなことばかり。
最初は気がおかしくなってしまったんだと思ったが、彼は確かに全て経験したと言い張っていた。
そこで娘は思ったそうじゃ…彼は三年間、現世とは違うどこか他の世へ旅立っていたのだと。」
老婆がそこまで話すとリヴァイはすぐにエマの方を振り向いたが、そこにあったのは愕然とした顔だった。