第25章 神隠し
「特におかしなところはねぇように見えるがな。」
「何の変哲も無い井戸……でもあの時確かに、ここにさっきの猫が飛び込もうとして、危ないと思って手を伸ばしたら中へ吸い込まれるようにして落ちたんです。」
はっきりとは覚えていないけど、確かそんな感覚だった。
重力とは別の力に引っ張られるような。もの凄く強い力だ。
警戒しながら井戸の中を覗く。
当然のことながら奥は暗闇に包まれていて、ここを降りてみる他に中の様子を知る術はない。
「その井戸は危ないよ。」
井戸に注視していた二人の背後から、突然しわがれた声がした。
二人の後ろにいつの間にか後ろに佇んでいた一人の老婆。
白髪を後ろでまとめ、大きく腰を曲げて杖をついていた。
こんな人気のないところに誰かが現れたら気配ですぐに気づくはずなのに、声がするまで全く気が付かなかった。
不思議な老婆だとリヴァイは思った。
「ニャー」
「おやおや、お前はあの坊やが気に入ったのかい?」
「おいばあさん、俺はそんなガキじゃねぇぞ。」
猫は嬉しそうに尻尾を立てながら、再びリヴァイの足に体をピッタリとくっつけて歩き回っていた。
「ほっほっ、これは失礼。この歳になるともう若いもんの歳の区別なんてつかなくてね。許しておくれ。」
「あの…この井戸のこと、何かご存じなんですか?」
皺だらけの目元にさらに皺を寄せて微笑む老婆に、エマは意を決して問いかけた。
「あぁ、この井戸は昔からここに変わらずあってね。でも私が生まれた時にはとうにその役目は終えていたんじゃよ。きっともっと前の先祖様達がお使いになっていたんだろうねぇ。」
「さっき言ってた、危ないってのはどういう意味だ?」
リヴァイも問う。
すると老婆は深呼吸するようにして空を仰ぎ、ゆっくりと二人に向き直った。
「おまいさん達、“神隠し”って知ってるかい?」
「神隠し…?」
「ある時何の跡形もなく人が消え去ってしまう。どうして居なくなったのか、どこに行ったのかは誰にも分からない。
昔の人々は、神の宿る場所、すなわち“神域”に足を踏み入れてしまったがために、現世に戻れなくなってしまったと考えていた。それが“神隠し”…」