第25章 神隠し
「……はっ!」
隣で髪を拭いているとエマが目を覚ました。
ソファの肘掛けに頭を預け縮こまって寝ていたエマ。顔に変な跡がついてる。
無防備な寝顔に欲情させられたのは言うまでもないが。
一度に色々あって疲れているのかとも思って、ここはそっとしといてやった。
「起きたか。」
「すみません居眠りを…」
「気にするなよ。ここはお前の家だろ。」
「そうですけど、」
何か言いかけた口元を親指で拭う。
「?!やだ、涎?!」
「たいそう気持ちよさそうな顔して眠ってたぞ。」
口元を覆って慌てるエマの乱れた髪を整えてやると、焦っていた顔が少し緩む。
肩を抱き寄せ額にキスを落とすと、見上げた視線と交わった。
「今日は疲れただろ、もうゆっくり休め。」
「それを言うなら兵長だって、」
「俺はこれくらい大丈夫だ。」
「たまにはゆっくりしてください。」
「もう十分ゆっくりさせてもらってる。」
エマの世界はあっちとは何もかもが違っていた。
気候も、人も、文化も、漂う空気も。
そして決定的に違うと感じたのは、“平穏”だということ。
自分が調査兵団に身を置いているから尚更そう感じるのかもしれないが、とにかく平穏で平和な世界だと思った。
聞けばもちろん人同士の争い事はあるらしいが、巨人のような人類に対しての“圧倒的な脅威”というものはどうやら存在しならしい。
だから人々は忙しなく過ごしながらも実に悠々自適に暮らしている、そんな風に見える。
巨人の脅威がない世界が一体どんなものか想像もつかないでいたが、奇しくもここで疑似体験できてしまったというわけだ。
そしてそれは、やはり良い世界だと思った。
「結局、今日は見つかりませんでしたね、井戸…」
「そうだな。だがあの辺りにあるのは間違いないんだろ?」
「はい、それは確かなはずです。」
「ならじきに見つかる。そう捜索範囲も広くなさそうだしな。」
「だといいんですけど…」
不安そうな顔をよこすエマ。
宣言した通り6日で帰るという意思は揺らぐつもりはないが、残されたあと数日でもう少しこの世界を知りたいとも思う。
ここが悪くないと思ったのもそうだが、エマの故郷に興味が湧くのは自然なことだ。