第22章 制御不能 ※
「何の話だ?」
表情を崩さず聞き返してくるエルヴィン。
「あのイカレ野郎のことだ。信用していいと言ってたのは嘘か?」
「グラーフ伯爵か…いや、嘘じゃないさ。彼には今まで本当に怪しい話などなかったんだよ。」
眉間の皺がどんどん深くなっていく。
「じゃあ改めて聞くが…アノ野郎に対しての不信感はてめぇの中には微塵もなかったんだな?」
「最初に話した通りだ。彼は貴族の中でも“割と”常識のあるほうだと。」
「おい…ふざけるなよ。」
ドスのきいた声を発しながら、今にもエルヴィンに飛びかかりそうな勢いで睨みをきかす。
いや、実際エマを抱えていなければ掴みかかってる。
やはりおかしいと思ってたんだ。
誰よりも頭のキレるエルヴィンが、よく知りもしない貴族のことを“噂”だけで簡単に信用するなんて。
あの言い方だとピクシスに話を持ちかけられた時から、伯爵のことは信用しきってはいなかったんだろう。
しかしこいつは敢えてそれは言わずに、エマに都合の良いことだけを言って伯爵に会わせようとした。
兵団に入ってくる資金の中で、貴族からの支援金がどれだけ兵団の財政を支えているかは自分もよく知っている。
だがそれでもリヴァイは、半分騙すような真似をしてエマを利用しようとしたエルヴィンのことが許せなかった。
「てめぇだってエマが大切じゃなかったのか?こいつはあの野郎にひでぇ屈辱を味わされたんだぞ?」
「それとこれとは話は別だ。お前にも言ったはずだろう?私情は捨てろと。」
エルヴィンは澄んだ碧をまっすぐ向け、有無を言わさぬような物言いでピシャリと言い放つ。
静かな廊下に盛大な舌打ちが響いた。
「…もういい。先に宿へ帰る。」
「伯爵は無事御用となった。だからそこだけは安心しろ。」
「…………」
ダメだ。
この男の感覚はやはり自分とは違う。
いくら金のために私情を捨てろと言われたって、自分には大切な人を危険に晒してまでなんて、そこまで冷酷非道な考え方はできない。
やはり目的のためなら何を犠牲にしたっていいと思っているのか…