第21章 初体験
注がれたカップから立つ香りは飲みなれている紅茶とはひと味違って、風に揺れる野花を連想させるような優しく暖かな香りだった。
「いただきます。」
正直ハーブティーは初めて飲むが、爽やかな香りと軽い口当たりは意外にも飲みやすく、乾いた喉を潤すように何度も口をつけては飲んだ。
「どう?」
「すごく美味しいです。」
「喜んで貰えてよかったぁ。」
横長の大きなソファの隣に座り、クシャッとした笑顔を浮かべる美青年。
その顔は美しさの中に無邪気な少年のような人懐っこさも感じさせ、この笑顔はきっとたくさんの女性を虜にするんだろうなとぼんやり思った。
「…ん?何か僕の顔についてる?」
「あっいえ!別になにも!」
急に振り向かれて両手を顔の前で振りながら慌てるエマに、伯爵は口元に手を添えてクスクスと笑った。
「可愛い人だなぁ本当に。君みたいな子が調査兵団にいるなんてほんともったいないよ。」
「いえいえ、そんなことは…」
「そうかなぁ?君ならもっといい暮らしができると思うんだけどな。……例えばさ、僕の屋敷で…とか。」
「え?」
思いがけない伯爵の言葉に思わず聞き返してしまったエマ。
「フフッ、冗談なんかじゃないよ?君みたいに可愛くて美しい女性はむさい兵士に囲まれて窮屈な生活するより、格調高いお家で優雅な暮らしをする方が似合うと思うんだけどね。」
「そ、そんな、私にはもったいないお言葉です。」
目を細めてじっと見つめてくる伯爵に、エマはいやいやと謙遜した。
「ねぇ、エマ。想像通り君はすごく素敵な人だった。
どう、僕のところに来ない?僕と一緒にいれば今よりもっといい暮らしができるし、仕事もしなくていい。毎日こうして楽しい時間を過ごすだけでいいんだよ?魅力的な話だとは思わない?」
いつしか人懐っこい笑顔は消え、真剣な眼差しで見つめられる。
伯爵の思いもよらぬ誘いに、エマの思考回路は停止しそうになった。
どうしよう、まさかこんな展開になってしまうなんて…
突然来ないかと言われても正直困ってしまう。
それに、自分は兵団を出るつもりなどさらさらないのだし…
でも正直にお断りして伯爵の気を損ねてしまったら、後々エルヴィンに迷惑がかかってしまうだろう…