第21章 初体験
「それなら無理して飲まなくてもいいよ。あ、ちょっとそこの使用人さん?悪いんだけどお水を二つ持ってきてれるかな?」
「あ、グラーフ伯爵…」
「いいんだ。確かにこういうパーティではワインを飲むのが常識とされてるけど、別に飲み物が何だって楽しめればいいだろ?」
ここで酒をお断りするのはさすがに失礼かと迷っているうちに、伯爵に先回りされてしまった。
「すみません、わがままを言ってしまって…」
「そんなことは気にすることじゃないよ。それに、僕は君と“ちゃんと”話がしたいからね。」
「は、はぁ。」
いきなり顔をグイッと近付けられ、人差し指を唇に当ててニッと口角を上げながら話す伯爵。
気付かれない程度に僅かに後ろへ体を引っ込めながら、そんなに嬉しそうに一体何の話をするのだろうとエマは予想がつかなかった。
なんだか伯爵が登場してから彼のペースにどんどん飲み込まれていってる気がしたが、のちのちエルヴィンが伯爵に持ちかける資金援助の話が上手くいくかはこの場の自分の働きにかかっているのだ。
エマは伯爵のペースに飲まれすぎないよう気をつけつつ、とにかく機嫌だけは損ねないよう慎重に話をしようと考えるのだった。
「……アハハッ!厩舎の掃除を頑張りすぎて全身筋肉痛だなんて、それは大変だったね!」
「完全に見くびってました、あんなに重労働だったなんて。」
「フフフ、でもさ、そういう何に対しても真剣に頑張れる姿勢がきっと評価されてるんだろうね、エマは。」
「そんなこと…私は、私に出来ることをやろうとしているだけですから。」
「そういう謙虚なところも含めていいんだよね、きっと。僕が上官だったら絶対そう思うもん。」
「あ、ありがとうございます。」
パーティが中盤に差し掛かった頃、エマは窓際の席でお水を片手に伯爵との話に花を咲かせていた。
彼はエルヴィンの言った通りの好青年だった。
明るくて太陽のように眩しい笑顔、話を聞くのもうまいし伯爵の話もとても面白い。
最初こそ力が入っていたエマだが、今ではだいぶ伯爵とも打ち解けてきたし、素直にこの場を楽しめていた。