第16章 旅立ちの日
晩冬の空気に晒された冷たい唇が、何度も重なり合う。
触れ合った中心から身体全体が温められていくようだ。
優しい温度に、胸の中はあたたかな気持ちでいっぱいになる。
やがてその口づけは触れ合うだけのものから、互いを貪り合う濃厚なものへと変わっていった。
足りない、足りない…
もっと奥で、もっと熱く絡み合いたい。
深く長いキスの後どちらからともなく唇を離せば、熱を帯びた視線が交じわった。
恥じらいからか、俯きながらチラチラとこちらを上目遣いで見つめるエマの姿に、リヴァイの心臓はぎゅっと掴まれたように苦しくなった。
何故だか今まで以上にエマが可愛く見えて直視できない。
互いの想いを通わすだけでこうも見える景色は変わるものなのか…
リヴァイはぼんやりとそう思いながら、エマの滑らかな髪に触れた。
「あの……リヴァイ兵長。」
不意に、目の前から不安そうな声が聞こえる。
「なんだ?」
「その……」
モジモジと何かを言いづらそうにしているエマ。
お互いの想いが晴れて成就した今、今度は何を不安がっているのだろうか。
片手を腰に回して、髪に指を絡ませながら喋り出すのを待っていると、しばしの沈黙の後、彼女はその胸中を語り出した。
「……兵長には、恋人がいるんですよね…?」
「……は?」
髪を撫でていた手がピクリと止まる。
また泣きそうになりながら何を言うかと思えば、予想もしない質問が飛んできて、変な声が出てしまった。
何故そんなことを言い出すのだ…
しかしリヴァイは少し考えた後、ハッとする。
「お前もしかして……昨日の晩、俺の執務室へ来たか?」
嫌な予感に顔をしかめながらそう尋ねれば、エマはコクリと頷いた。
思わず舌打ちが出てしまった。
エマに対してではなく自分に対しての舌打ちだ。
「ごめんなさい…中庭から部屋の明かりが漏れてるのが見えて、気になって行ってしまったんです……そしたら…その………」
エマは申し訳なさそうに弁解する。
「はぁ……そういう事か。」
小さなため息をつくリヴァイを、エマは目に涙を溜めながら見つめた。