第16章 旅立ちの日
カチコチカチコチ一
時計の音がやけに耳につくのは静まり返ったこの部屋にいるせいなのか、私が時間の存在を意識してしまっているせいなのか…
「ふぅ……」
コップに注がれた水を一口飲み、ことりとテーブルに置く。
昼を少し過ぎた頃。
今日は兵舎に残った数人の兵士と医務官、あとは自分たちの食事くらいだから、給仕の人たちもササッと仕事を終えると皆食堂を後にした。
誰も居なくなった広い食堂で一人腰をかけ、両手にコップを握りしめてちびちびと水を飲み続ける。
ここへ来て以来、兵舎内がこんなに静かなことは初めてだ。
いつも遠くから聞こえてくる訓練中の兵士たちの声も今日はしない。
リヴァイの不在中特に仕事をふられたわけでもないので、エマは執務室へ行くこともなく時間を持て余していた。
今頃リヴァイ達はどうしているのだろうか。
作戦は上手くいっているのだろうか。
誰も、死んだりしていないだろうか………
さっきから頭に浮かぶのは壁の外へ行った皆のこと。
自分は兵士でもなければ、正式な兵団の人間でもない。
ここへ突然転がり込んできた別世界の人間だ。
調査兵団が壁の外で奮闘する今、そんなちっぽけな自分に出来ることは、ただ彼らを信じて待つことだけ。
「………………」
“信じて待つ”と言えば聞こえはいいが、実際それにはかなりの精神力を使うことを、この時エマは初めて知る。
そしてさっきからエマの心を締め付けているのは、それだけではなかった。
自分は彼らの帰還を目にすることは出来ない。
自分で決断したことだが、いざその時が近づいてくるとギュッと胸が締め付けられて、どうしようもなく苦しくなってしまう。
でもこれでいい。
これだけお世話になったんだから、やはりきちんとお礼を伝えるべきだとも思ったが、もしリヴァイ達がここにいたら、その決意は簡単に揺らいでしまうような気がしたからだ。
だから今日にすると決めたんだ。
彼らがいない間に、私は本来私のやるべき事をやる。それだけだ。
エマはコップの水を飲み干し、席を立とうとした。
「よぉ、お前も落ち着かねぇのか?」
食堂の入口から見覚えのある人影が入ってくる。
「オルオさん…」