第16章 旅立ちの日
「!!」
見つけた…
少し離れた高台に立つ、艶やかな黒髪の、その女。
その視線と自分の視線とがピタリと合わさり、一瞬時が止まったかのような感覚を感じてしまった。
彼女も驚いたように一瞬目を見開いたが、直ぐにその目を細めて微笑む。
その顔を見て大きく心臓が脈を打った。
胸の前で祈るように両手を合わせたまま自分に向かって微笑むその姿は、この残酷な世界から逸脱したような美しささえ感じた。
俺は今、あいつにどんな顔をしているのだろうか…
自分で自分の表情がよく分からない。
だが、いつものように眉間に皺を寄せるような感覚は感じはないし、口角が下がっているような気もしない。
俺もお前に上手く笑ってやれてるだろうか。
白馬に跨るエルヴィンが振り返り、リヴァイに目配せする。
その時、エルヴィンの視線は、見たことのない表情で民衆の輪の中を見つめるリヴァイを捉えていた。
「リヴァイ、そろそろ時間だ。」
「……あぁ」
合図すればたちまち“兵士長”の顔つきに戻り、静かに前を向く。
自分も前を向く直前にリヴァイが見つめていた先に視線をやれば、艶やかな髪を風に揺らしながら佇むエマの姿があった。
エルヴィンは複雑な感情が湧き上がりそうになるが、大きく瞬きをしてその感情を心底へと沈め、きつく蓋をした。
間もなく、巨大な石でできたトロスト区の門がガラガラと大きな音を立てながら開かれた。
「これより人類はまた一歩前進する!!
先人達の想いを、一時も無駄にしてはならない!!
今一度、心臓を捧げよ!!」
「「「はっ!!」」」
「第45回壁外調査を開始する!進めぇぇぇー!!」
「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
エルヴィンの叫ぶような号令に合わせ、兵士たちの地を這うような雄叫びと馬の駆け出す音が街中に響き渡る。
瞬く間に壁の外へ姿を消していく兵士たちをじっと見つめたまま、エマは合わせた両手により一層の力を込め、彼らの背中に向けて無事を祈った。