第15章 喪失 ※
「…ありがとう。」
「いえ…」
しばらくの間無言で抱き合い、柔らかな声が頭上から降ったと同時に身体を解放された。
「エマ、これからもたまの話し相手ぐらいにはなってくれるか?」
「もちろんです。団長が良いと思ってくださるなら…」
「良かった。このまま君と話も出来なくなるのは寂しすぎるから、そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。」
エルヴィンは嬉しそうにエマの髪を撫でる。
ちゃんと笑えているか分からなかったが、エマも精一杯の笑顔を返した。
「エマの幸せを応援するよ。だから私で力になれることがあればこれまで通り遠慮なく言ってくれていい、変な気は使わないでくれ。いいね?」
「……はい。ありがとうございます。」
エルヴィンの言葉がまた胸を締め付けた。
そこにあるのは先のような悲しみを含んだ切ない笑みではなく、いつもと変わらぬ優しい笑顔。
きっと心の底からそう思って言ってくれているのだろう。
しかしエマはエルヴィンの気持ちに応えられなかった自分をどうしても不甲斐なく思い、責めてしまっていた。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。明日は見送りに来てくれるんだろう?」
「はい、もちろん行きます。……団長、明日は壁外調査なのにごめんなさい。こんなに遅くまで…それに」
「大丈夫、明日は調査兵団団長として立派に務めあげてみせるさ。」
申し訳なさそうに話し出すエマに被せるように発せられた力強くも優しい声。
エルヴィンはエマをそっとドアへと促し自分も後に続いた。
「君も色々あって疲れただろう。今日はもう休むとしよう。だいぶ遅くなってしまったから部屋まで送るよ。」
「い、いえそれは申し訳ないです!団長こそ明日のために早くお休みになってください。私はここで十分ですから。」
「こんな時間に一人で返すわけにはいかないよ。いいから送らせてくれ。」
「あ、ありがとうございます…」
部屋の時計を見るともう深夜だった。
明日の出立を前にこんな時間に起きている兵士は自分たち以外いないだろうと思ったが、なんとなくここはエルヴィンの厚意に素直に甘えることにしたのだった。