第15章 喪失 ※
「……!!!」
今、俺にキスをしてるのは、シェリルという名の女。
顎のラインで切りそろえられたブロンド髪を揺らし、一方的にその唇を押し付けられている。
熱くて分厚いこの唇は、あいつのそれとは似ても似つかない……
俺は頭の中にエマの顔が浮かんだ瞬間、シェリルの唇から逃げるように勢いよく顔を背けた。
唇は強制的に剥がされ、口付けを拒否されたシェリルはとても切ない目でこちらを見た。
「……やっぱり、ダメなんですね。」
「すまない。もう帰ってくれ。」
俺は目を合わせることなく彼女にそう言うことしかできず、シェリルから離れ窓から外を見つめた。
すると背後から力ない声が聞こえてくる。
「………あの子がいるからですか?」
「………」
「兵長、あの子の事がそんなに大事なんですか?」
「…………あぁ」
“あの子”とはエマのことだろう。
外を見たままでシェリルの顔は見えないが、僅かに震える声からは、悲しみ、焦り、そして憤りにも似た感情が伝わった。
彼女は消え入りそうな声で
「分かりました」
と一言言うと、もう顔も合わせることもなく部屋を出ていった。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
星の光が眩しすぎる。
下を向いたらまた涙が出そうで、上を向いてそれを阻止しようとするが、夜空に瞬く光が濡れた目に刺さって余計に涙が出そうになる。
エマは兵舎の外の一角で建物の壁にもたれ掛かるようにして座り、膝を抱いていた。
あれは見間違えじゃないかと何度も思い込もうとしたが、その度にショッキングな映像が脳内に流れ、記憶に鮮明に焼き付けられていることを思い知らされる。
忘れようと思えば思うほど、何度も何度も繰り返し現れるあの光景。
こんな時だけよく働く自分の脳が嫌になる。
エマが見たのは断片的なもので、二人があの行為に至るまでやその後のことは知らない。
知らないから全部憶測でしかないのは分かっているのだが、もう全て悪い方にしか考えることができない。