第13章 板挟みの中で
彼女にも自分にも、嘘をついた。
本当は嫉妬で無理やりキスしてしまうくらいに欲しいと思っているのに。
でも言えなかった。
自分の欲求を満たすことよりも、エマの幸せの方が大切だった。
あそこまでしておいて何を言うんだと自分でも思うが、それでもなぜか、言えなかったのだ…
戻る方法さえ見つかれば、彼女はここから去ってしまう。
ずっとここで生きる訳にはいかない。
もし自分のせいでそれを引き止めるようなことになれば…
彼女の本来歩むべき人生を、自分のせいで邪魔したくはない。
それに、この残酷な世界で自分は兵士という立場であり、いつ死んでしまうかだって分からない。
運良くこの先何十年も生きられる確率なんて、本当に低いだろう…
だからもしも……もしも万が一に、エマがこの世界に留まることになったとしても、自分が調査兵団の兵士である以上、無責任な言葉を言うことは出来ないのだ。
だからこれまでだって、自分から特定の女に入れ込むようなことはしなかった。
俺にはエルヴィンみたいに、向こうみずな勇気がないんだ。
だから、あいつの質問にはああ答えて良かったんだ。
エマが飛び出していった部屋の中で、リヴァイは一人、立ちすくんでいた。
テーブルに置かれた彼女の飲みかけの紅茶は、とうに冷めてしまっている。
エマのティーカップを見つめながら、これで良かったんだと言い聞かせようとするが、去り際に見せた怒りの中に悲しみを含んだようなエマの顔が脳内にベッタリと張り付いて離れない。
その顔を思い浮かべる度に心の奥で少しずつ、でも確かに滲み出てくるのは後悔の気持ちだった。
これで良かったと思いたいのに、そんな思いが邪魔をする。
リヴァイは感情を無理矢理断ち切るかのように頭を振ると、じわじわと心を支配していきそうなその暗い感情にそっと蓋をしたのであった。