第10章 翻弄される
翌日一
エマは午後からの会議でエルヴィンが不在の中、一人ペンを走らせ続けていた。
今日の午前中まではエルヴィンも一緒だったのだが、彼も本当に忙しかったようで、余計な会話もせず事務的なやり取りのみであった。
よし、あと少し…
「痛っ」
一旦書類を揃えてペンを持ち直すと、突然右手の中指に痛みが走る。
指を見ると腫れ上がったそこには大きな血豆ができていた。
昨日からずっと書き続けているのだから、こうなるのも仕方がないか。
そう思ったが、こんなことで立ち止まる訳にはいかない。
痛む手を休ませることなく動かし続けた。
「……できた!!」
あと少しで日没という頃、最後の用紙に文字を書き終えると、エマはやりきった表情で思わず小さくガッツポーズを作った。
「エマ、遅くなって済まない。これから私もそちらを手伝お…!」
ちょうどそこへ、会議の終わったエルヴィンが急ぎ足で帰って来たが、エマの机に綺麗に纏められた紙の束を見て驚嘆してしまう。
「あ、エルヴィン団長、おかえりなさい!お疲れ様です。」
「…あ、あぁ。君こそ本当にお疲れ様だよ。もう全部…」
「今終わったばかりですが、一応できました。結局ギリギリになっちゃいましたけど…」
エルヴィンは目を見開いたままエマに歩み寄ると、積まれた紙の束を数枚手にとり視線を落とす。
「…………」
無言で自分の書いた書類をじっと見られ、エマは少し不安になってしまう。
「エマ…完璧だ。正直、いくらエマでも間に合わないかもしれないと思っていた。それを見事にやってのけてくれて。しかもこんなに丁寧に…」
エルヴィンはエマの頭へぽんと手を置き、
「ありがとう。本当に助かった。」
と柔らかな笑みを滲ませ感謝を伝えた。
「そんな全然…団長のお役に立てたことが私にとっては何よりですから。」
エルヴィンの言葉に素直に嬉しくなって、満面の笑みで答えるエマ。