第33章 無題
side:M
「にの、車、いつものとこだから」
「…んー…あー、今日いいや」
「え?電車ないよ?」
「分かってるよ。お疲れ」
「お疲れさま…、すぐ帰ってよ!?」
「はぁい」
収録中は変わりないけど、
今日のにのはなんかボーっとしてた。
楽屋でも珍しくトランプも
手にしないで、ただ座ってたし。
なんとなく気になって、
こっそり後を追ってみた。
帰るんならそれでいいし。
夜中にボーっとゆっくり歩いて…
危ないったらありゃしない。
少し行って、にのはとあるバーに
入っていった。
「あ…、ここって……」
前ににのと来たことがあるダーツバー。
こんな夜中にダーツかよ…?
でも前と入り口が違う。
にのが入ってから数分後、
中に入ってみると、そこは静かな
大人な雰囲気のバーだった。
「いらっしゃいませ…あ、二宮さんいらしてますよ」
「あ…そうですか。…でも……こっちでいいです」
にのはカウンターでひとりで飲んでた。
誰かが来る気配もない。
俺は隅の席で様子をうかがっていた。
カウンターにもたれて、動かなくなった。
寝たか?と思って、行こうとしたら
バーテンダーさんが話しかけた。
「…寝ないでよ。」
「…寝ないよ。…暇そうだね。」
「うるさいー」
仲の良さそうな会話。
ちょっとのあいだ、にのを見てて…
もういいかな、って思って
やっと声をかけた。
「…同じやつを。」
にのはだいぶビックリしてた。
ほんとに気付いてなかったみたい。
周りをよく見てるにのにしては珍しい。
にの専用のオーダーメイドカクテルは
ものすごく美味しかった。
にのがカクテル飲んでるのも
初めてみたし、そんなにここに
通ってるなんて知らなかった。
なんか、10年以上一緒にいるけど…、
特別なにのを見た気がした。
「ほんと美味いね、これ」
「…ぅん。好きなの…多分、酒で一番…」
「へぇ…」