第13章 破面編(前編)
「ザエルアポロが香を焚いてくれたみたいだから利用させて貰ったわ。花の匂いなんて気付かなかったでしょう?今この空間は身体を麻痺させる毒で満ちてるの。貴方達みたいに血の気が多くてやんちゃな人を戦闘不能にさせるのに凄く便利でね、昔コレ使ったら怒られたのよ。」
「クソが…ッ、ぶっ殺してやる……!」
「ふふ、本当に口が悪いのね。いくら貴方でも呼吸を止めることも、身体中を巡る私の霊力を追い出す事は不可能でしょう?大人しくしてればその内抜けるから、そこで暫く反省して頂戴。」
ゆうりは立ち上がり、裾についた埃を払う。女に負けただけでなく、あまつさえ見下される形になり、殺されることも無くただその場に転がる事しか出来ない事はノイトラにとって変え難い程の屈辱だった。
絶対に殺す、そんな視線と殺気立った霊圧を彼女はひとつも意に介する事無くその場を後にすると、扉から出たところので先程別れたばかりだった筈の男が壁を背にもたれかかっていた。
「いやぁ、随分懐かしい事しはるなァ。」
「ギン?わざわざ着いて来てたなら止めてよ。」
「止めるほどキミ困ってへんかったやん。」
「見てるだけだなんて悪趣味だわ。」
そんなやり取りをしながら部屋へと踵を返すゆうりの隣に市丸は並ぶ。今度は何を企んでいるのかと言いたげな目で彼を見ると、それに気付いたのかニンマリと唇に弧を描かせて瞼を持ち上げた。
「キミ、ボクとの約束忘れたん?」
「約束?」
「ボクの部屋に来や言うたやん。」
「貴方が回廊操作するから行けなかったんでしょう。」
「なら今から来たらえぇ。」
「…は?え、ちょっとギン!」
彼は彼女の手を取ると、向かっていた方向とは真逆へ歩き始める。まるで鼻歌でも聞こえて来そうな程上機嫌な後ろ姿にゆうりは睫毛を瞬かせ、困惑しながらも後に着く。…全く、相変わらず自由で、掴み所がなくて、まるで空に飛んで行った風船のようにフワフワと気紛れな男だ。そんな事を思いながら、引き摺られるがままに彼の背中を追い掛けた。
*