第13章 破面編(前編)
漠然とした畏れに心臓がひやりと熱を失う様な感覚に息を呑む。自分の今持つ力は死んだ魂魄を生き返らせる事だって出来る。けれど、それにもきっと限度がある筈だ。現に兄はそうだった。己に命の取捨選択など出来るわけが無い。それに、生き返らせる事が出来るからといって、死んでは欲しくない。
ゆうりは離れたばかりの市丸の背中に両腕を回して引き戻す。予想外の行動に彼は目を丸めた。
「…もしかして今その気んなったん?」
「死なないでね。ギン。」
「いきなり何言うてはるの。ボクが死んだら他の男にゆうり盗られてまう。せやから死なんよ。」
「元々ギンのでは無いけれど。」
「今直ぐにここでボクの子ぉ孕ませて、無理矢理ボクのモンにしたろか?」
「戦えなくなるから本当に辞めて。」
掌が下腹部辺りをスリ、と撫でる。本気か冗談かも分からない言葉にゆうりは彼の肩を押し返した。市丸も素直に引き下がる。
「あんま遊んどると怒られてまうからそろそろ行くわ。……あ、そうそう。もう1個伝えとこ思うとった事が有るんやった。」
「何?」
「…アーロニーロくんの所には行かん方がええよ。」
扉まで足を運んだ市丸は首を捻り振り返る。何を言われるのかと身構えたが、伝えられた言葉の意味が分からずきょとんとすればその表情にどこか満足した様子で彼は口元に弧を描き、ひらりと手を振って行ってしまった。
「何で駄目なんだろう…。めちゃくちゃ性格が悪いとかかしら…。」
元々彼らの事を知りたいと思っていたため、十刃の人と会話をしに行こうとは思っていたがまさか行かない方がいい、なんて言われるとは思っていなかった。
何故市丸があんな事を言ったのかは分からない。が、ものすごく嫌な予感だけはする。…するけれども、わざわざ止められてしまうと好奇心が擽られてしまう。
「…とりあえず、歩いてみよう。」
着ていた死覇装を脱いで、真っ白な衣服に腕を通す。帯は薄い桃色で髪の毛先と良く似てる。今頃尸魂界はどうなっているのだろう。届くはずの書簡が届かなくて、困っているかもしれない。蘭に託しはしたけれどどうなる事やら…。ゆうりは深く息を吐いて小さな部屋を後にした。