第13章 破面編(前編)
『…ふむ、どうやら成功したようじゃの。』
「は…っ、本当?…座標を捉えて現世に送るので精一杯だった。」
『初めてにしてはようやった。』
卍解を解いたゆうりは直ぐに膝と手を着く。大量の汗が滴り落ちる。彼の記憶を、魂魄を、一欠片すら残さず別の場所に移すのは相当の神経と霊力を使った。霊力を喰った胡蝶蘭は心なしか機嫌が良さそうに見える。
「これで破面は10体以上居る事は尸魂界にも伝わるよね…ありがとう。」
『礼を言われることでは無い。それより、そろそろ戻れ。狐に喰われるぞ。』
「狐…?」
胡蝶蘭か顔の横で人差し指を立てる。するとまるで炎のような白い光が揺らめき人の姿を映し出す。
そこには薄く紫がかった髪の男が立っており、骨張った指先が目を閉じ精神世界に意識が沈んだままの己の頬へと触れている。そのまま自然に寄せられる相貌に何をするのか察した彼女は口を開閉させた。
まさか自分のこんな光景を第三者の視点から見ることになるなんて…!
みるみると顔に熱を昇らせるゆうりを胡蝶蘭は愉快気に笑う。
『ほれほれ、口付けされとうなかったら戻るが良い。』
「もう…!ごめんなさい胡蝶、また貴女の話も聞かせて。」
『…奴と名を分け合うとは些か不満じゃがまぁ良い。』
早く行けとばかりにしっし、と手を払う彼女にゆうりは静かに笑みを浮かべた。
精神世界に熔けていた意識が急激に引き上げられる。パッと瞼を持ち上げればそこには鼻先が触れそうなまでに迫る男の影。市丸は目を覚ました彼女に気が付くなりピタリと動きを止める。
「…あらら、起きてもうた。」
「…寝込みを襲うだなんて酷い男ね。ギン?」
「いややなぁ、可愛ええイタズラやろ。」
彼はおどけた顔をして肩を竦め身を引く。ゆうりが身体を起こしソファに座ると市丸も隣へ腰を降ろした。死神とは対象的な真っ白い衣服を身に纏う彼を見詰めると不意に食欲を唆る香りが鼻腔を擽る。視線を別に移せば小さなテーブルの上にパンとスープが置かれていた。
「それ、私の?」
「そや、こっち来てなんも食わんとボクらは無理やからね。」