第13章 破面編(前編)
『…別に拗ねちゃいねぇよ。』
『先刻、呼ばれても出て来なかった奴がよく言うのう。』
『うるせぇ。』
『おぉ怖い…さて。思い出したく無いと赤子のように喚く妾の主。鍵を壊してしまったのならば、後は扉を開くのみ。』
彼女はゆうりの額に手を当てる。すると記憶の奥深くに閉じ込めていたものが、濁流の如く一気に押し寄せて来た。それは瞬時に処理出来ない程密度が濃く重い。割れそうな程頭が痛い。
「うぅ…ッ!」
目を閉じ、蹲った途端パン、と何かが弾けた気がした。恐る恐る瞼を持ち上げると真っ白だった筈の精神世界は色に満ち溢れている。
そこは病院だった。医師と思われる男性と、それに向かい合うのは若き日の両親。自分はまるで幽霊かの様に辺りを漂っており、彼らに気付かれることは無い。
「先生、お腹の子はどうですか…?」
「…残念ですが、バニシングツインでした。既に子宮に吸収されていますね。もう1人の赤ちゃんは問題なく成長しているので、気に病まないで下さい。」
バニシングツイン。
そうだ、子供の頃母から聞いた事があった。本当は、貴方と共に産まれる予定の赤ちゃんがいたのだと。
1つ記憶が戻ると共に目の前が暗くなり、何も見えなくなった。再び明るくなるとそこには、先日小さくなった時と同じくらいの歳になった自分が1人、部屋で積み木を立てている。
「たいくつだなぁ、今日は帰って来ないのかな、蘭雪くん…。」
「ここに居るよ。」
「わぁ!」
パッと窓から顔を出した男。蘭雪は、自分がよく知る胡蝶蘭と顔立ちは似ているものの背丈は小さく、日番谷程しかない。何より可笑しいのは、彼は窓から部屋に侵入してきたのだ。それも、真っ黒な死覇装を着て。
「いつも言ってるけど、窓から来ないで!びっくりするでしょ!」
「あははっ、だってびっくりした時のお前、魚みたいに飛び跳ねてて面白ぇんだもん。今日は何して遊びたい?俺がここから連れ出してやるよ。」
「うん!おそとで鬼ごっこしよう!」
蘭雪が腕を拡げると少女は当たり前の様に首へ腕を回す。彼は彼女を抱えると、軽い足取りで窓から飛び出して行った。残されたゆうりはぽかんと口を開く。
こんなのおかしい。死神の姿をした彼と普通に話している事も、そもそも彼が死神である事も。ある訳が無いと頭では思っているのに、自分の記憶がそれを否定する。