第13章 破面編(前編)
以前空座町に現れた破面、ウルキオラだった。顬から嫌な汗が伝う。このような狭く、霊力を絡めとる壁に覆われた場所で斬魄刀等使える訳が無い。だが鬼道だけでどうにかなる相手でも無い。
そんな彼女の焦燥をよそに、彼は淡々と言葉を続けた。
「藍染様がお呼びだ。俺と来い。女。」
「な…!」
「喋るな。答えは"はい"だ。それ以外の言葉を喋れば殺す。"お前を"じゃない。"お前の仲間を"だ。」
彼の背後に四角い枠が浮かび上がる。それはまるでプロジェクターの様に人の姿を映す。阿散井、日番谷、松本、斑目、ルキア…そして一護。これは今の映像なのだろうか。各々傷だらけで知らぬ破面と戦っている。
なんだこれは。実際に現世で起こっていることなのか。
「何これ…!!」
「何も問うな何も語るな。あらゆる権利はお前に無い。お前がその手に握っているのは仲間の首が据えられたギロチンの紐、それだけだ。理解しろ、女。これは交渉じゃない。命令だ。藍染様はお前の力をお望みだ。俺にはお前を無傷で連れ帰る使命がある。」
高圧的に、冷淡に彼は言葉を紡ぐ。深い緑色の瞳から感情を読み取る事も出来ない。ゆうりはゆっくりと瞼を伏せた。
とても藍染らしいやり方だと思う。目的の為ならばどこまでも汚く、狡猾な男。それに今の尸魂界には、力を蓄える時間が必要だ。仲間を信用していない訳では無い。けれど悪戯に死なせるわけにもいかない。それにここでの戦いは刀身の長い斬魄刀を主とする自分にとって好ましくない。
それならば。今は素直に従おう。
静かな怒りを悟られぬよう、細く長い息を吐き出す。重い瞼を持ち上げ目の前の男を見詰める。
「…貴方に従うわ。」
「それで良い。」
ウルキオラは片手の指先で虚無を小突く。すると現れた時と同じように空間が横に割れズズ、と重い音を立てて開かれる。その奥は何が有るのか最早分からないほどに昏い。初めて踏み込む地に思わず息を飲んだ。
そんな彼女を横目に見ると彼は表情1つ変えぬまま白い手を差し出す。
「行くぞ。」
「……えぇ。」
無意識の内固く握り締めていた拳を解き、掌を重ねる。元々体温が低いのか、はたまた虚がそういうものなのか触れた肌はどこか冷たい。
頼まれた書簡は届かず、自分と共に行方を眩ませる。また皆との約束を破ってしまったな。
そんな後ろめたさを胸に、彼女の姿はそこから消えた。