第12章 五番隊隊長就任編
彼女は顔をうつ向け己の手をジッと見つめた後、ぱっと顔を上げ弾けんばかりの笑顔を見せた。
「こんにちは!」
「こん……え?」
「お兄ちゃん、だぁれ?」
「ん…?」
幼い少女の言葉に固まる。変な汗が吹き出した。確かに、退行薬を作った記憶はある。しかし記憶や言動、精神まで幼くなる様な薬では無かった筈なのだが…。ちょっと仕事の手を止めさせようと作った薬のつもりが、とんでもない事になってしまったかもしれない。
そんな彼の焦燥感もつゆ知らず、ゆうりは立ち上がる。サイズの合わない死覇装と羽織が、肩からずり落ちた。
「待て待て、服着ろって!着せてやるから。」
「えー?」
まさかこんな事で彼女の裸体を見ることになるとは思いもしなかった。阿近は紙袋から、草鹿やちるから借りた死覇装を取りだす。
幸い、涅ネムがまだ幼かった頃度々面倒を見てたが故着物を着せる事に手間は掛からなかった。それにしてもどうしたものか…このまま放置はもちろんできない。だからといって面倒見てたら元に戻す薬を作る時間もねぇし…。顎に手をあてて悩んでいると、不意に袖口を引かれる。視線を落とせば彼女が不思議そうな顔で見上げていた。
「私、ゆうり!お兄ちゃんは、お母さんのお友達?」
「…そーそー、お友達。俺は阿近。よろしくな。」
「そうなんだぁ!よろしくね、あこん!」
まるで周りに花でも咲きそうなくらい屈託の無い笑顔。思っていた以上に人懐っこい気がする。彼女にもこんな無邪気な顔をする時代があったのか。そんな事を密かに思う。
阿近はゆうりの両脇に手を差し込み小さな身体を軽々と抱き上げた。視線の高くなった事が楽しくて仕方ないのか、腕の中の少女は目を輝かせ落ちぬよう阿近の服をキュッと握る。
「わぁ…高い!」
「…お前本当にゆうりか疑いたくなる位元気だな。俺は遊んでやれねぇし、松本副隊長の所にでも預けるか…。」
「ねぇねぇ、あこんは鬼さんなの?」
「あァ、悪い子は喰っちまうから良い子に抱っこされてろよ。」
「きゃーっ!」
悪戯にガッと口を大きく開き威嚇してみるとゆうりは悲鳴を上げて縮こまる。ただの戯れだと思っているらしい。普段からは考えられないような活発さに少し驚きながら、足をブラブラ揺らす彼女を抱き抱えて十番隊の隊舎へ向かう。