第3章 真央霊術院編
唇に、柔らかいものが触れる。それがなんなのか理解が追い付くまで数秒掛かった。
「待って、ギン…!」
「待たん。」
1度唇が離れ、言葉を紡ぐも角度を変えて口付けられる。あまりに突然の事に頭は混乱し、思考が止まる。それを知ってか知らずか市丸は僅かに瞼を持ち上げ空色の瞳を覗かせると、緩く閉ざされた唇へ強引に舌を押し込んだ。
「ぇ……っ、んう…!」
「っは……。」
ぬるりとした熱い舌が口内へ潜り込み舌を絡め取られ、頬裏を舐り歯列をなぞる。唾液の混ざる据えた水音が静かに響き、味わったことの無い感覚と奪われる酸素にゆうりは眦に涙を浮かべ、拒絶も出来ず彼のされるがままになる。
「ふっ……くる、し…!」
市丸の胸板を叩くと漸く唇が離れた。舌先同士を唾液の糸が繋ぎ名残惜しげにプツリと途切れる。ゆうりは肩で大きく呼吸を繰り返し、市丸は濡れた唇をペロリと舐めた。
「…初めてやの?可愛ええなぁ。」
「当たり前……っ、て…何してるの…!!」
「良いから大人しくし。」
彼の唇が喉を伝い降りてくる。逃げようと身じろいだら、途端に両手首を掴まれ壁へ押し付けられた。力は全く敵わず、薄い肌に掛かる吐息のこそばゆさに奥歯を噛み締める。
今度は何をされるのかと思っていれば市丸の唇が鎖骨より高い位置に押し付けられ、強く吸い付いた。
「痛…っ。」
「…あんま男友達作ったらあかんよ。男はみーんな、オオカミさんや。」
パッ、と両手が解放される。訳が分からないまま彼を見つめると、市丸は笑って踵を返す。
「ゆうりと仕事出来るの、楽しみにしとるよ。」
それだけ残し、呆然と立ち尽くす彼女の元を去って行く。ゆうりはただ分からなかった。何故彼がこんな事をして来たのか、なんの為にここへ誘い込んだのか。
市丸の姿が見えなくなった途端、緊張の糸が切れたようにその場へ座り込む。
「……オオカミは貴方だけじゃない…。何考えてるのか全然分からないよ、ギン…。」
鬱血痕を残された箇所を抑え俯く。久方振りに会えた友人だと思っていたはずの男の取った行動に酷くショックを受け、暫く動く事が出来なかったゆうりは、その場で静かに涙を流した。
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