第10章 尸魂界突入編
兕丹坊の言葉はこの男には届かない。いつもと変わらない貼り付けた笑顔で眉ひとつ動かさず、淡々と語る。一歩、兕丹坊へ近付いた。ゆうりは咄嗟に斬魄刀に手を添え兕丹坊の前へ立ち塞がった。
市丸が斬魄刀を抜く。殺気の込められた武器を持ち地を蹴る。常人には視覚に捉えることすら難しいであろう素早さで迫る市丸に一護は迷わず飛び出し刃を交えた。金属同士の擦れる甲高い音が響き、互いが力任せに押し返すと強制的に距離が開く。
「……!」
「なんて事しやがんだこの野郎!!」
ゆうりがまず驚いたのは、一護が市丸の速さについてきた事だった。次に驚いたのは、臆する事無く斬魄刀を振り回し声を荒らげた事。彼の目ざましい成長を見せ付けられた気分だ。
ポカンと口を開き固まったが直ぐに笑って斬魄刀を降ろす。
「兕丹坊と俺たちの間でもう勝負はついてたんだよ!それを後から出てきてちょっかい出しやがってこのキツネ野郎!」
「…………。」
「…井上。」
「兕丹坊の腕の治療たのむ。」
「あ…はっ…はいっ!」
「来いよ。そんなにやりたきゃ俺が相手してやる。武器も持ってねえ奴に平気で斬り掛かるようなクソ野郎は…俺が斬る。」
あまりに真っ直ぐな言葉と瞳だった。先程剣を交えていたというのに彼は兕丹坊の身を案じ、彼の為に戦おうとしているのだ。とても純粋で眩しさすら感じる。しかし、そんな一護を市丸は嘲笑う。彼が隊長格である故の余裕とも取れた。
「はっ、おもろい子やな。ボクが怖ないんか?」
「ぜんぜ……」
「コラーー!!!もう止せ一護!!ここはひとまず退くのじゃ!!」
ぴく、と市丸の瞼が密かに揺れた。どうやら彼は一護を知っているらしい。矢張り、藍染が一護に目を付けていたのはどうやら間違いでは無い。…いや、それとも大虚を追い返した事が隊長格全員に知られているからだろうか。
「なんでだよ!?こっからじゃねーか!」
「…キミが黒崎一護か。」
「知ってんのか俺のこと?」
「なんや、やっぱりそうかァ。」
「あっ!?おい!どこ行くんだよ!?」
「ほんなら尚更…ここ通すわけにはいかんなあ。」
突如背を向け距離を取り始める市丸に一護は怪訝そうに眉をひそめた。彼は隊首羽織を翻して振り返る。その顔は一護では無くゆうりを見ており、左手がうっそりと持ち上げられ指先が向けられた。