第9章 現世編(後編)
「う……ず…狡いなぁ…。」
「あ、ぜーんぜん帰って来なかったら、無理矢理にでも尸魂界に乗り込んで連れ戻しますよん♡」
「へぇー、そんな事できるんだ。それなら最初からして貰って良いかしら。」
「今すぐは無理ですって!!」
冗談とも本気とも取れない程気楽に笑う浦原にゆうりは肩を竦めた。至近距離で視線が交わり何も言わずただ静かな時間が過ぎる。不意に彼が目を閉じた。その意図を察し、彼女もゆっくり瞼を下ろす。
「ん……。」
「…こんな事するのも久しぶりっスね。」
湿った唇同士が重なり、ちゅっ、と音を立てて離れた。少し離れて見詰め合うとまるで恋人同士みたく密やかに笑い角度を変えて再びやんわりと触れる。
「…絆されちゃいそう。」
「ボクは大歓迎ですよん。」
「ダメダメ、やる事まだまだいっぱいあるんだから…。」
頬、鼻先、額と至る箇所へと口付け戯れる浦原にゆうりは軽く肩を押し返した。が、そんな抵抗で彼が引く筈なく片手を項へ添えて耳朶へ唇を寄せ甘やかに歯を立てる。ピクリと身体が跳ねる彼女に彼は小さく何かを思い出した様な声を上げた。
「そういえばゆうりに聞かないといけない事があったんスよ。」
「何?」
「崩玉について、話がまだだったでしょう。尸魂界へ行く前に、それだけは話の決着つけておきたかったんです。教えてください。アナタは誰から崩玉の事を聞いたんスか?」
「………知りたい?」
「ボクが崩玉の事を話したら、教える約束でしたでしょう?」
「そうだったね…。まぁ私も気になってたし丁度いいか。」
ゆうりは膝に手を置き立ち上がり、机の上にある義魂丸ケースを手に取る。アヒルの形をした頭を押し込み、中の玉を1つ排出させればそれを口で受け止めゴクリと飲み込む。途端に義骸から魂が引き剥がされ死神姿へと変わった彼女は、腰に差した斬魄刀を軽く叩く。
「蘭、出てきて。」
「……まさか、斬魄刀に話を聞いたなんて言いませんよね?」
「そのまさかだよ。」
ゆうりの隣に1枚の花弁が舞った。その枚数は次第に増えていき、気付いた頃には無数の胡蝶蘭が渦を巻く。甘い花の香りと勢いに浦原は腕で目元を隠す。勢いが無くなる頃には花は消え、矢張りゆうりによく似た男が立っていた。
『…呼んだかい?ゆうり。』