第9章 現世編(後編)
ゆうりは徐に立ち上がると浦原へ近寄り両腕を背中へ回し抱き締めた。彼は何度か瞬きして、彼女の頭をゆったりと撫で隻手を腰へ回す。何度も頭を撫でてくれたこの手は安心するし、心地がいい。
「顔に、嫌って書いてあるわよ。」
「書いてませんよ、ちゃんと笑ってるじゃないですか。」
「嘘が下手。」
「い…いへへへ、はなひれくらはいよ〜。」
両頬を抓られ浦原は困ったような顔で瞼を降ろした。彼が感情を隠して話しているのはすぐに分かる。もう何十年もの付き合いなのだから当然だ。些細な嘘だって気付くに決まっている。ゆうりは手を離し、床に着けた。
「どうせ、行くなって言えば私が困るからってヘラヘラしてるんでしょ。分かるんだから。」
「分かってるなら、言わないで欲しいんスけど…。」
「繕って笑顔で送り出されるより、寂しいって本音を言ってくれる方が私は嬉しい。また貴方に会いに来る為に生きなきゃって思えるから。」
「……成程、そういう考え方もありますね。」
彼の両手を取りキュッと握ると、浦原は細く息を吐き出しゆうりの華奢な体躯を力の限り抱き締める。片手を後頭部へ回し己の肩口へやんわりと押し付け自分の表情を悟られない様にしながら小さく唇を開く。
「あの…。」
「寂しいですよ。当然じゃないスか。ボクはゆうりの事を愛してるんですから。」
「あッ、愛…!?」
「友愛でも敬愛でもありません。もちろん娘だなんて思ってもいません。ボクは男として、女性である貴方の事が好きなんス。だから危険な事はさせたくないし、出来ることならばここに残って欲しい。けれどそれは死神であるゆうりに対する侮辱だというのも良く分かっています。」
「うん…。」
「だからボクは向こうに行く事を止めません。好意があるからこそ、ゆうりの気持ちを尊重したい。でも、1つ約束して下さい。」
腕の力が緩み少しだけ二人の間に隙間が出来る。浦原はゆうりの片手を取り小指同士を絡めてから額を合わせ瞳を和らげた。先程の言葉も相まって、優しい声音と視線に思わずドキリと胸が鳴るのが自分でも分かる。
「全て終わって自由になった時、意中の相手が居ないなら今度こそボクの恋人になって欲しい。尸魂界に居る事が多くても構いません。ちゃんと此処に帰ってきてくれるなら。」