第3章 真央霊術院編
こんな少女から野宿なんて言葉が出て来るとは思ってなかった。檜佐木は頬を引き攣らせると不意に川の近くに置きっぱなしにされていた刀に気が付いた。彼の視線を追い、ゆうりも振り返る。
「あっ…いけない、びっくりしてつい置いたままにしちゃった…。」
「ゆうりの刀か…?」
「そうだよ、斬魄刀。精神世界で彼が私に力を貸してくれたの。」
檜佐木は言葉に困った。目の前の少女の得体があまりにしれ無さすぎる。斬魄刀は通常浅打として、真央霊術院に入った時に渡されるものであり流魂街に居るような人物が持つものでは無い。それにやけに身に付けているものが煌びやかで、隊首羽織りを着ていた筈の六車の事を知っているなんて…。
「…なぁ、お前は何者なんだ?」
「え?」
「六車さんの知り合いなのか?」
「六車さんとは、そうだね…。以前お世話になった事が有ります。」
訝しげな顔をする檜佐木にゆうりは死んでからの事を1から彼に話した。瀞霊廷で過ごした事がある事、ずっと一人の男の家で待ち続けてたこと、全て伝えた所で彼の疑念は晴れたらしい。警戒心を帯びていた表情が少しだけ柔らかいものに戻った。
「お前壮絶な過去持ってんな…。」
「先に瀞霊廷で過ごすっていう、またと無い経験したなぁって私もそう思う。」
「…あと一週間、住む所無いんだろ?」
「うん、その辺で鍛錬しながら野宿かな。」
「なら俺の家に来いよ、あんま綺麗ではねーけど。一緒に鍛錬しようぜ。」
「え!?でも迷惑じゃ…。」
「雨降ったら大変だろ?雨くらいは凌げるし安心しろよ。…別にやましい事考えてる訳じゃねぇからな!」
「…うん、わかった!ありがとう、修兵。」
数十年ぶりに胡蝶蘭以外の会話。ずっと空虚な日々を送り続けていたゆうりに温もりを与えた。
彼女の精神世界に住まう彼は顔を上げ目を閉じる。
『…やっと雨が止んだ。』
真っ白だった筈の世界に空が出来た。青々とした雲一つない快晴だ。ふわりと優しい風が彼の頬を撫ぜる。
『忘れないで。君の痛みは僕の痛み。ゆうりが悲し想いをすればこの世界は色を失い無機質な雨ばかり振り続ける。どうか、これから君の歩む道が明るいもので有り続けるように。』
僕の祈りはゆうりの耳には届かない。それでも祈り続ける。それが僕に出来る唯一の事だから。
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