第9章 現世編(後編)
涙を流し歯を食いしばる浅野を置き去りに、その場は解散となる。先に抜けた彼女が向かった先は、空座町から少し離れた山奥だった。木々がざわめく音と小川を流れる水の音だけがひっそりと響く。他に人なんて居ない。
殆ど獣道なのも気にせずゆうりは奥へ奥へと向かう。軈て辿り着いたのは、滝のある少し開けた場所だった。そこで男は1人、滝を眺めながら佇んでいる。
「見つけた!」
「うわッ!?…染谷さん!?良くここが分かったね…。」
「私は死神よ?どれだけ霊圧抑えても、雨竜1人探すくらい早起きするより簡単だよ。」
ぽん、と背を叩けば石田は過剰な位身体が跳ねる。まさかこんな場所まで追い掛けてくる者が居るとは思わなかった。
「明日話そう、って言ったのに来ないんだもの。私から出向くしか無いじゃない?」
「わざわざご丁寧に…。」
「雨竜はここで何してるの?」
「…別に、修行しようと思っていただけだよ。僕は死神に負けた自分が許せない。滅却師として、2度と死神に負ける訳にはいかないんだ。」
「ふーん…?雨竜は死神を憎んでるの?」
「…当然だ。僕の師匠は、死神のせいで虚に殺された。許せるわけが無いだろう。」
「じゃあなんで昨日はルキアを助けに来てくれたの?雨竜の家からは真逆の場所だったでしょ、あそこ。」
後ろで指を組み顔を覗かせて来るゆうりと視軸が絡んだ石田は言葉に詰まらせた。何か言おうと視線を逡巡させ人差し指で眼鏡を軽く持ち上げる。
「…たまたまだよ。買い物しに向かっただけさ。」
「貴方も大概不器用ね…。私ずっと雨竜と話ししたかったんだ。」
「なん……うわぁッ!?」
「座って座って。ね?」
ゆうりは平らな岩場へ腰を降ろし強引に彼の手を引く。半ば無理矢理隣に座らせられた石田は、すっかり彼女のペースに乗せられていく自分に困惑しつつ大人しく座った。
「私、雨竜を見た時直ぐに滅却師だって分かったんだ。」
「何故?僕は黒崎と違って霊圧のコントロールは出来る。あんな無闇矢鱈に流れ出てはいない筈だよ。」
「クインシークロス、昔1度見た事あったの。」
「…これを?」
指さされた手首を少しだけ持ち上げるとくすみの無い綺麗な色をした腕輪がチラリと覗く。ゆうりは笑って小さく首を縦に振る。