第8章 現世編(前編)
「いやぁ、少し仲良くなったみたいで安心しました。」
「2人とも良い子だもの。時間かかったとしてもきっと家族の様になれるよ。」
「家族ですか…ってことはボクが父親でゆうりが母親って所っスかねぇ?」
「あ、もう2人にお姉ちゃんって呼んで、って言っちゃった。」
手分けをして買ってきた食材を浦原が冷蔵庫に、ゆうりはしゃがみ込んで根菜類をコンロ下の収納ケースへ仕舞いつつ言葉を交わしているとヘラヘラ笑いながら顔を覗き込んで来た彼に、彼女はあっけからんと答えた。
「それじゃあもう遅いっスね…残念だなぁ。」
「誰が父で誰が母かなんて決める必要なんて無いでしょう。無理に役職なんて決めなくても私達は家族だって事に変わりは無いわ。」
「本当、考え方が大人っぽくなりましたねぇ。」
浦原から差し出された手に捕まって立ち上がり、ゆうりは口角を吊り上げる。そして徐に身を乗り出すなり彼の頬へと唇を寄せた。突拍子の無い行為に浦原は口付けられた頬を抑えゆっくりと瞬きを繰り返す。
「まぁ、家族の中でもこんな事するのは貴方だけだけどね。今日の夜ごはんはオムライスだよ。私が作るから、台所から出た出た!!」
「うわっ、ちょっ…背中押さなくてもちゃんと出ますって!」
ぐいぐいと背を押され、台所の出口まで追いやられた所で浦原は身体を反転させ彼女と向き合う。スライド式の扉に手を掛け閉めようとしたら、その手に彼の手が重なり止められた。何事かと顔を上げれば彼は瞳を細め僅かに身を屈めてゆうりの耳元へ唇を寄せる。そして静かに囁いた。
「…今日、寝てる間に夜這いしに行くんでちゃーんと部屋の鍵開けといて下さいよん。」
「……私、デートに誘ってくれって言わなかったかしら?」
「大人を揶揄う悪戯っ子にはデートより、ちょっとしたお仕置きの方が必要でしょう。」
「それ好きな女の子に言う言葉……っ!」
耳元に寄せられていた頭が更に近付くと柔らかい髪が頬を擽り鋭い歯牙がゆうりの耳介を甘く齧った。思わずピクリと身体が跳ね、視線を横に向ければ彼と視軸が絡む。
「ボクがどれだけアナタの事が好きなのか教えてあげます。簡単にちょっかい出せなくなる様に。」
そう言い残し何事も無かったかの様に去って行く浦原に彼女は耳を抑えポカンと口を開き背中を見送る事しか出来なかった。
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