第8章 現世編(前編)
「まだ帰っておりませぬぞ。一体どこまで行っているのやら。」
地上では握菱がやれ忙しとばかりに重たい荷物の仕入れを1人であくせくと行っていた。数日前から、浦原は完成した新しい義骸に似た何かを持ってしばらく店を出ている。なんでも空座町よりもっと遠い場所へと用事が有るらしい。所謂出張みたいなものだ。いつ帰ってくるのかも目処が立っていないらしく、彼の居ない間は仕入れは握菱、レジや商品の陳列はゆうりが担っていた。そして今日もまだ、浦原の姿は無いらしい。
「そうですか…。」
「喜助に何か用でもあったのか?」
「あ…夜一さん。そうなんです、喜助の卍解ってどんな感じなのかなって思って。」
「なんじゃ、今は卍解が出来るように鍛錬をしておるのか?」
「…はい、そんなところです。喜助はどんな風に卍解をコントロールして、使いこなしてるのか聞きたかったんです。」
「ふむ、そういう事ならば本人に聞く方が良いじゃろう。」
猫姿の四楓院のしなやかな尻尾がゆらりと揺れる。1年経った今もまだ卍解が使える事は彼らに言えなかった。使いこなせて居ないというのも有るが、普通の斬魄刀と比べてもやや奇特な能力故、伝えるのは余り気が進まない。この力が浦原と同様ならば話は変わって来るかもしれないが現時点では分からない。
「喜助が居ないと寂しいな…。」
「まだ喜助を親として慕っておるのか?」
「親として見てはいませんよ。なんだろうな…近所に住む大好きなお兄ちゃん、って感じですかね?」
「なるほど、多少なりとも彼奴を男と意識はしとるのじゃな。」
「私も、もう子供では無いですからね。旅行だって、誘うのも行くもの恥ずかしかったんですよ!だからチケットより2等のお肉とか欲しかったのに。」
「店長とゆうり殿が結婚されたらこの店も安泰ですなぁ。」
「いいや、まだ分からぬぞ!ゆうり、白哉坊はどうした?ん?」
「白哉とは何もないですよ!」
「何も無いわけ無かろう、六番隊に務めていた時期もあったのじゃろう?」
四楓院はレジ台に飛び上がりニヤニヤと笑った。女というものは幾つになっても恋愛沙汰への興味は尽きないらしい。ゆうりは尸魂界を去る前、厳密に言えば六番隊から十番隊へ異動する少し前に交わした彼との会話を思い出し、唇を引き結んで視線を背けた。